戊辰戦争、鳥羽・伏見の戦いで姿を消し、伝説と呼ばれた人斬り──緋村抜刀斎

もう一人、戊辰戦争中に姿を消した人斬りがいた
その者は抜刀斎に劣らぬ実力で時代を切り開いていった
暗闇と称される程の漆黒の髪を高く結い上げ、そこに垂れる紐は血に似た赤
左肩口に桜刺繍のある白い着物に濃紺の袴
──その名は
志士名が轟いていたあの時代珍しく、知られる名は志士名ではないという
かといえ本名かと問われれば彼を知る上司は首を降る
そして彼らは彼の事を必要以上は語らない
必ず最後に、悪いことをした……で閉めるのだ
それは彼の最大の秘密故である

鳥羽・伏見の戦い後の甲州勝沼の戦いで彼の愛刀である菊一文字が折れて地面に突き刺さっていた事から死んだと噂されているが真実は定かではない
遺体も見つからず、折れた刀身だけ故、生き延びていると考える者も多いという
勿論当時の上司は真相を知りつつも決して語ろうとはしなかった



そして、時は流れ明治
江戸から東京へと名を変えたこの場所に一人の女が訪れた
女にしては珍しく、淡い着物に藍の袴、その袴は良い値がするのか桜と蝶の刺繍が施されている。暗く長い髪は深緑のリボンで低めに結び、更にその上から赤紐が絡んでいた
良い所の娘かと思わせる格好に異彩を放つのは腰に帯びた刀
鍔に小振りの鈴が赤紐で括り付いており、女が歩く度にチリンチリンと鈴の音を響かせた

警察以外が剣を携帯したら罰せられる廃刀令が交付され既に幾年か経ったのにも関わらず、刀を帯びているという事は何か理由があるのだろう


「久し振りだなぁ東京は」

「こら待て!貴様廃刀令を知らぬのか!」

「ん?……あぁそっか忘れてたや」


女──は剣を腰に帯びた警官に囲まれていた
は一瞬顔をしかめたが警官に気づかれることはなかった
じりじりと壁に追いやり逃げ道を無くそうという警官の作戦に気付きつつも、何もしないのは何か作戦があるからなのか
それとも流れに身をまかせているだけなのか


「ここには刀を許されている例外はいるが貴様はそうではない!よって捕まえてやる。さぁ刀を抜け」

「抜けって言われて抜くのは嫌いだよ。最もこれじゃ抜けないけどね」


と警官に見せつけるように刀を鞘ごと腰から少し抜く
見えたのは鍔と鞘を結ぶ赤紐。頑丈に結ばれた紐を解かない限り刀は抜けないだろう


「これじゃ正当防衛を理由にして大好きな剣を抜けないね?さ、どうするの警察さん」


一歩後ろはもう壁だというのに、余裕を崩さないに焦る警官
街の入り口でやっていたからか野次馬が集まってきた
やっちまえ!なんてヤジも飛んでくる……果たして彼らはどちらの味方なのだろうか?
ま、どちらでも構わないと一息吐いては刀こそ抜きはしないが拳を握り構えた


「刀を抜かんか!」

「嫌だね。抜きたいなら抜けば良い。私は刀抜かずしてアンタ達を倒してやるよ」


女だからってなめてると痛い目みることを教えてあげないとね
キュッと目を細め警官をみる
その目に引き寄せられるように警官は一斉にに向かっていく
危ないと誰もが目をつぶる
しかし次の瞬間に聞こえた声は複数の野太い悲鳴
恐る恐ると野次馬が目を開ければ、壁に激突し目を回している警官。してその上に足を置くの姿が


「馬鹿だなぁ……ねぇ、アンタ達はどうするの?」

「ヒッ!」

「そこで何をしている!」

「あ、まずい暴れすぎた」

「刀を所持していたので逮捕しようと……」


かかってこなかった警官に首を傾げて問うたが、その答えを聞くより先にお偉方が騒ぎを聞きつけやって来たようだ

逃げるか……と地面に転がる警官達の上を通っていれば下から蛙が潰された様な声が聞こえる
──頭は踏んでないんだから感謝してよね

ふと、お偉方の誰が来たのか気になり声のする方に目を向けた


「あ……」

……」


そっちに目を向けるんじゃなかったとすぐ後悔することになった
そこにいたのは幕末、維新志士で仲間だった山県さん
しかも彼は私の秘密を知っている
バラすなんてそんな事をする人ではないことは知っているが……
人差し指を口元に持っていけば山県さんは私の言いたいことが解ったのか小さく頷いた
それを合図に私は地面を蹴りその場から逃げ出した


「逃がすか!」

「いや、追わなくていい」

「何故です!?」

「彼女は無意味に抜刀なんてしない」


遠く山県さんがそう伝えるのを聞きながら街の奥に進んでいった



***



東京をぶらぶらしてれば絵草紙屋を見つけた


「いらっしゃい。あれ嬢ちゃんさっき追われてなかったかい?」

「あ、バレちゃいましたか」

「俺は見てないが皆口を揃えて噂してたさ。ここへは何しに?」

「たまたま寄っただけですよ。東京は縁の場所なんでね」


早くも噂は広まっているようで店主に声をかけられた
そう言われてみれば誰かとすれ違う度に二度見された気がする

売られている錦絵を見れば見知った顔が多い……
新時代を切り開いたんだから当たり前か……と視線を下にやれば一枚の絵に目が止まる
そこに描かれていたのは、新時代の為にと抱かれていた時のかつての自分


「嬢ちゃん。その絵に興味があるのかい?」

「え?あ、はい珍しいなと」

「そうだろ。まだ年端もいかない女がはだけている上に短刀構えてこっちを睨んでいるんだからな」

「……なんとも言えない雰囲気が惹き付けているのかな」

「見ちまったら最後、その絵に溺れちまうってか。でも案外目に留まらない奴が多いんだが……この絵を見てたのがもう一人いてな」

「へぇ。その方は買っていかれたのです?」

「いや買ってきこそしなかったが、確かこの絵を見て“”と呟いてたかな」

「っ!……どんな方だったの?」

「頬に十文字の傷がある優男だよ……確か神谷道場に居候していた筈だが」

「へぇ。良いこと聞いたわ。ありがとね店主さん」

「なんだ嬢ちゃん買ってかねぇのか」

「残念ながら女の絵に興味ないんでね。それと私は二十歳越えてるの“嬢ちゃん”って歳じゃないから」


ヒラヒラと手を振ってその場を離れる
店主は驚いた顔をしていたがもう慣れた。どうせ私は童顔さ

さ、目指すは神谷道場
鳥羽・伏見の戦いの後、不殺を掲げながら流浪人をしているとは聞いていたけど、まさかこんなところにいるなんてね……
──きっと京都のあの話も知らないよね



***



「御免下さい」

「何かご用ですか?もしかして門下生になりたいとか!?」

「いえ。人を捜しておりましてこちらにいると伺ったものですから……“心太”はおられますでしょうか?」

「心太ですか?その様な人はここにはいませんが」

「あれ?可笑しいな……デマだったのかな」

「薫殿お客さんでござるか?」

「あ、剣心!この人、人を捜しているらしいんだけど……」

「そうであったか。どのよ……!?」

「やっぱりいるじゃないですか」


奥から聞こえた懐かしい声の方に目を向ければ頬に十文字の傷がある男が立っていた
──十年が経ったと言うのにその姿は変わっていない
いや、あの時より表情が少し柔らかくなったか
剣心もこちらをみて気づいたようで驚いた顔をして早足でこちらに向かってくる
一人茅の外の彼女は剣心に目を向けていた


「やぁ“心太”久しぶり」

「本当にでござるか?」

「剣心の幼名である“心太”を知っているのは私か師匠ぐらいでしょ」

「それもそうでござるな」

「剣心この方は?」

「あぁ……同じ師の所で学んだ馴染みでござる」

「初めましてと申します。東京には偶然寄ったのですが絵草紙屋で噂を聞いて思わず」

「そうだったの。わたしは神谷薫よ。ここ神谷活心流の師範代なの」

「よろしく。で、剣心は何か言いたいことでもあるの?それとも刀で語り合う?」


チリンと態と鈴を鳴らす
それをみて剣心は困ったように笑い、を中へと招き入れた


「いつぶりかなぁ」

「師匠と喧嘩別れした以来か」

「面と向かってはそうだね。でも何度かみたことはあるよ」

「拙者を?」

「うん。だって私も維新側にいたから」

「!?……じゃあ、絵草紙屋で見たあの絵は」

「……さぁね」

「自分の身を売ったのか!!」

「飛天御剣流の継承者じゃない私はいつまでも師匠のところにいれない。それに剣心だって自分の身を血の海に投げ出したじゃないか」

「だからといっては女だろ!?」

「あのさ」


さっきよりも声のトーンが下がったにピクッと剣心の眉が上がる
微かにから漏れる殺気
刀を手にすることはないがその目はギラギラとしていた


「もう過ぎた事を掘り起こされても困るし、私が決めて進んだ道を剣心が否定する権利は無い」

「自分の身を大切にしろと言ってるだけでござろう!」

「……だとしても、自分の命を軽んじてる剣心には言われたくない!」


チリンと鈴の音が響く
鞘と柄を頑丈に結んであった赤紐を解き抜刀したは切先を剣心の額に向けていた
剣心は目を瞑りその先に来るであろう痛みに構えていた
──それがお前が殺した人への償い方か。ふざけるな
はゆっくりと刀を下ろし剣心の右頬に向かって手を振り上げる

バチンッ!

思っていた痛みと違う痛みに剣心は目を見開き右頬を押さえを見る
は必要なくなった刀を納めキュッと目を細める
その時頬を伝う何かに気付き手を添えれば小さな雫がついていた
偶然か剣心からは死角の様で涙が零れている事がバレることはなかった


「剣心入るぞ」

「弥彦駄目!」


閉まっていた障子を開けたのは年端もいかない男の子だった
叩かれ赤くなっているであろう頬を押さえる剣心と涙を流す
そんな姿の二人を見てませた男の子なら思うことは一つ


「な、何でもねぇや!邪魔したぜ」

「おろ?弥彦誤解でござるよ!」

「だから駄目って言ったのに」

「ごめんなさい薫ちゃん。迷惑を……」

「いいのよ。それよりも何で剣心の頬を」

「ん?積もりに積もった怒りからかな……それよりもあの子は誰?いい目をしてる」

「あの子は明神弥彦。神谷活心流の門下生よ」

「ふうん。くふっふふふ」

さん?」

「はははっもう無理。可笑しいったらありゃしない!剣心の喋り方」


いきなりお腹を抱えて笑いだしたに薫は首をかしげる
遠くから剣心と弥彦の声が聞こえる
彼の昔を知らぬ者は彼の喋り方に違和感はない
逆に昔を知る者にとっては違和感しかない訳で
尚且つ師匠と共にいた時を知っているなら直の事
粗方落ち着き理由を説明をすれば納得したのか薫は小さくクスッと笑った


「薫殿すまなかったでござるな」

「ちぇーなんだ違うのか」

「誤解を招く行為をしてごめんなさいね。私は

「俺は東京府士族明神弥彦だ」

「それより。拙者の喋り方で笑うのは構わぬがお主の喋り方も大概だぞ」

「ん?何の事かな」

「もっと口が悪かっただろう」

「気のせいじゃない?……さて、私はそろそろ置賜しようかな」

「え!泊まっていけばいいのに」

「そうでござるよ」

「とどまるつもりなんてなかったのに……お言葉に甘えて、お世話になります」

「やったぜ!なぁ、稽古つけてくれよ」

「考えておく。ちょっと寄る所があるから行ってくるよ。剣心!」


チリンと鈴の音が鳴るのと剣心にの腰に帯びた刀が渡ったのはほぼ同時だった


「おろ」

「それ預けておく」

「いいのか?」

「怒られちゃうし、これがあるから平気」

「短刀でござるか」

「うん」


じゃあ、と手を降り神谷道場を後にした



***



一通り用事を済ませたは団子屋にいた
外の椅子に腰掛けて団子を一つ頬張る
独特の御手洗の味が口の中に広がった


「やっぱり団子は御手洗だよなぁー」

「お隣よろしいですか?」

「えぇ勿論」

「ありがとうございます」


隣に腰を掛けたのは子を一人抱え、上品な着物を着た女性
子は疲れたのか女性に抱かれスヤスヤと眠っていた
その姿が可愛く思わず顔が綻んだ


「子供お好きなのですか?」

「好きですよ。でも昔の行いがバレているのか皆そっぽ向いちゃうんです」

「あら。それは大変ね」

「えぇ。だけどそれも罪を犯した私への罰だと思っておりますから」


とスヤスヤと眠っていた男の子がむくっとこちらを向いた
その目はしっかりと開いており完全に目が覚めたようだ
顔つきがなんとなくだが知り合いに似ている気がする
……でもアイツに妻子とか似合わない

泣かれる事を覚悟にニコリと微笑めば男の子も負けじと笑い返してくれる


「だぁー?」

「あらあら。さっきの言葉が嘘のようね」

「お前は私が怖くないの……?」

「こわいー?」

「ふふ。勉も珍しい。終始笑顔なんて」

「そうなのですか?」

「他人にはあまり……もしかしたら夫と似た人だからかしら?」

「あなたとではなくて?」


彼女の言葉には首をかしげる
その様子をみた子供──勉もの真似して首をかしげる
その光景に彼女はクスリと笑ったが次の瞬間には少し複雑な表情をしていた


「夫とよ。あなたからは血の臭いがするわ。人を斬った事のある人しか臭わない夫と同じ血の臭いが」

「ははっそういうことか……どうあがいても消える事のない血の臭いは罪の証。……私は。あなたのお名前を是非お伺いしたい」

「私は時尾よ。この子は勉」

「時尾さん……幕末、多くの人が死んで生まれた明治という世をどう思いますか?」

「……」

「新時代に変わってから早十年。上辺だけの平和は平和とは言えないと思いませんか?」

「そうね」

「負けた幕府があるからこの時代は生まれたというのに、それを忘れて自分のお陰だと叫ぶ馬鹿ばかり。昔となんら変わらない」

「夫もそんなこと言っていたわ」

「同じような考えの人がいるとはね」

ーこわいー?」

「そんなことないよ。おばちゃん、お団子七つ持ち帰りでー!三、四でわけて欲しいな」

「あいよー」

「気を付けて。いつ明治の世が戦乱の世に変わるか解らないから」

「えぇ。重々承知しているわ」

「そう……時尾さんと話せて楽しかったです。またお話したいな、なんて」

「私もよ。勉もさんといると楽しいみたいだから」

「勿論!良かったら持って帰って」


と丁度包み終わった団子を時尾に託す。最初は渋った時尾だったが、最終的には受け取りお礼を述べた
勉は別れを惜しんだのか、あくしゅーとに手を出し握手を求めた
小さい手を優しく包み込んであげれば嬉しそうに笑みを溢す

自分用に包んでもらった団子を抱え神谷道場に戻れば背中に悪一文字を掲げた男がそこにいた
見た事ある気がした


「お、ねーちゃんが新しい居候か!」

「偶々お世話になるだけだよ。剣心お団子買ってきたから食べよう」

「おろ?四つでござるか」

「彼がいるなんて知らなかったからね。私は。君は?」

「俺は剣心のダチの相楽左之助だ!」


相楽……その名を聞いて思い当たるのは一人。赤報隊隊長の相楽総三
そういえば準隊兵として彼の近くをチョロチョロしてたのがいたっけ
あの時いた子供の成長した姿が彼だと理解するのに時間は掛からなかった


?」

「ん?何でもない。知り合いに似ていた気がしてね。まぁ十年ちょっと前に会ったきりだから気のせいかな」

「ふうん。そーいやぁは幾つなんでぃ?」

「えっとー二十八?」

「剣心と同い年!?」

「……ん?ちょっと待った。剣心数え年じゃなくて満年齢で答えたの?なら私はまだ二十六だよ」

「それでも二十六……」

「……さ、お茶にしよ。薫ちゃんと弥彦も稽古終わったなら手伝って」

「なんだバレてたのか」

「竹刀の音がしなかったからね」


これでも耳はいいんだと笑えば、へぇと関心の声が上がる
お茶を用意し、団子は四つしか買ってなかったから自分以外に配る
美味しいと食べてくれるなら買った甲斐があった訳で、自分はその顔を眺めるだけでお茶が進む
──本当は食べたいなんて内緒だ
ふと隣に座っていた剣心から視線を感じ、剣心の方に顔を向ければ口の中に団子を突っ込まれた
目を見開いて剣心を見るがニコニコ笑顔のまま
取り敢えず串から口に含まれた一つの団子を外した


「皆で食べた方が美味しいでござるよ」

「そりゃあそうだけど」

「それにの好物を拙者が全部食べるなんて気が引ける」

「覚えてたの……」

「……ほら、俺のもやる」

「ん?気持ちだけで十分。弥彦が全部お食べ」

「いいのか?」

「勿論。皆の為に買ってきたんだから」

「そういうことなら」

「それより。この刀何だが」

「そうさん、その刀何で鈴が付いているの?」

「ありがとう剣心。この刀は緋風(アカカゼ)って言って、赤空さんが殺人剣としてでなく、作った普通の一本刀。幕末は違う刀使ってたんだけど、折れちゃってね。鈴が付いてる理由だっけ?」

「あぁ」

「内緒」


ふふっと笑いながら答えればコテンとコケる皆

大した理由ではないけど、これはまだ秘密にしておきたい
奴が動き出したらそうも言ってられないんだろうけど


「……これはいいか。剣心が不殺で逆刃刀を持っているのと同じで、罪の償いだよこの鈴は」

は幕末何をしてたんでぃ?」

「長州藩で殺しやら情報収集やらかなー桂さんとかの懐刀だったから。左之助は元赤報隊だから憎んでも構わないよ。それだけの事をした自覚はあるから」

「何で知ってるんだ……」

「赤報隊のトップとは面識あるから」

まさか」

「さ、私の話はおしまい。日が沈んでる。いい時間だよ」


夕飯の準備は出来てる?と確認をすれば、焦った声が聞こえてきた
材料あるなら簡単に作るよと問えば拙者も手伝うでござるよと剣心が声をあげた
味噌汁とお浸し、お魚があったので煮付けを作ってあげれば嬉しそうに食べてくれた
美味しそうに食べてくれると作り甲斐がある

──明日も楽しい日でありますように





─後書き─
なんかもう…色々吹っ切れた
主人公はこんなkん時