「いってきますっ!」



その言葉で家を飛び出したのは並盛中学の制服を着た女の子だった
制服がまだ新しい事を見ると、まだ入学したての一年生だろう
くせっ毛の髪を大雑把にまとめ黒ゴムで結んでいる
そんなどこにでもいるような女の子の名前は
現在は自分の所属する部活である薙刀部の朝練に参加するために並中に向かっていた


──彼の隣で・・・──       
          それは卑怯だよ!   



さん!さん聞いた?」



武道館に入るときに一礼をし先生や先輩におはようございますと挨拶したと思えば見付けたとばかりに数人の先輩と同学年の女の子が駆け寄ってきた
いつも通りの時間に来た筈なんだけど…遅かったのかな?
と訳も解らず首を傾げれば先ほどの言葉
一体何を聞いたというんだ



「何の話?」

「沢田が笹川さんに告白したって話」

「……はっ?」



なんだって?綱吉が京子に告白?そんなまさか…

沢田綱吉は私の幼馴染みだ
更には知っている人は余りいないが恋人同士でもある
まぁ、成績がごく普通な私と何をやってもダメダメな(ホントは違うんだけど)彼は合わないという意見があるらしい
……私それ程モテないんだけど、なんでそういう話になってるんだ?話がズレた…
で綱吉が告白?
並盛中学のアイドルであり私の親友である笹川京子に?
そんな出鱈目な



「あーっ信じてない顔だなっ!ホントなんだって!パンツ一丁で告白したんだって」

「…綱吉がそんな事する筈ないよ」

「でもほら見てよ!持田先輩やる気満々だよ」



と指を指した先にいたのは踊歌姉ちゃんとなぜか知り合いの剣道部の主将の持田先輩
確かに京子の事好きなんだっけ?と思いながら目を凝らせば確かに闘う気満々で何やら準備している

──綱吉なら瞬殺出来そうだけどね…持田先輩ぐらい

それを言うつもりはない
綱吉がダメツナをやっているのには何か理由がある訳だから下手に言ってダメツナが壊れてしまっても困るから…



「朝練はじめるぞー」

「「はーい」」



…とにかく、綱吉が京子に告白したって事は保留!
昨日何故か綱吉の家騒がしかったし…
と事件らしきものを脳の奥の方に押しやって朝練に取り組む事にした


***


朝練を始めてから数十分、ある程度の練習を終え、今はほんの少しの休憩時間
尤も先程から道場が煩くなってきて皆が集中できなくなったからなのだが…
嫌な予感がして煩くなった方に目を凝らせば、やはり持田先輩がギャーギャーとうるさい声で喋っており、それに対してギャラリーも騒ぐというイラッとくる状態のようだ



ー始めるぞ」

「あ、はい!いまい──ッ!!」



休憩時間が終わったらしく呼びに来た部長兼主将に返事をしつつ戻ろうとしたらその集団が更にざわめきだした
所々で沢田という声が聞こえる
まさかと思い、また目を凝らして見れば綱吉が誰かに担がれ運ばれていた
それを笑うギャラリーと持田先輩
の中の何かが切れた気がした



「吉平先輩!私、潰してきます!」

「誰を、って持田達か…行ってこい」



私の“潰す”という言葉に何も突っ込まず了承した先輩は、私と綱吉の関係を知っている一人
この前遠出したデートで何故か出会ったのだ
久々のデートだったせいか、いつも以上にベッタリだった私の姿を見てしまえば誰でも綱吉と私が恋人同士って事を理解できるだろう
そんな事で今はいい協力者となっている
主将の了承を得たところで、私は薙刀を構えながら持田先輩に近付いて行った



「えいっ」

「いっ!誰だ!」



ギャラリーの中に突然現れた薙刀を持った女の子に誰もが驚いた
しかも、それを持田先輩に向かって振っている
逃げかけていた綱吉は聞こえた声に振り返り一瞬ビックリした顔をしたが女の子の顔をみた途端顔色を変え、そのまま道場から消えた
それに対し何も言わない女の子─は更に持田先輩に近付く



「それは卑怯じゃない?」



たった一言、しかもそれ程大きい声ではなかったのに、その言葉にギャラリー達が一斉に口を閉ざす
聞こえてくるのは、隣りで朝練をしている薙刀部の声だけだ
黙ったやつらはそのままと持田先輩を交互に見ている
その視線に綱吉が入っていない理由は先程トイレ(逃げたとも言う)に行くと言って道場から出ていったからだ
尤もは戻って来ることを信じているが…



「何のことだ!」

「知らを切るんですか?…最低」



最後の一言はボソッと呟いたため殆どの人が聞こえてなかった
それを気にせずはニヤリと口角を上げ薙刀の持ち方を変えた



「相手が初心者ってだけで剣道なんか特に自分が有利なのに、ガタイのいい男が二人で持たないと持てないぐらいの防具を貸して勝負をするなんておかしくないですか?多分審判も貴方側の人間でしょ?」



それで綱吉がここから消えたから“逃げた”として不戦勝?
ふざけるのもいい加減にしてくれません?

誰も何も言わなかった。否、言えなかったのだ
中には、頷き共感する者もいたが、誰も声を発しようとはしなかった
的を射すぎていたから
更にの言葉は続く



「更に言ってしまえば私の親友である京子を物扱い?京子の事が好きで男なら正々堂々勝負して勝ってから告白してみればいいじゃないですか!付き合えるかもね?ありえないですけど」



最後にニコリと笑ったに持田先輩は、うっと傷付いた顔をする
何も言えないからだろうが眉間にシワを寄せて何かの痛みに耐える様子は実に哀れに想えた
それなら始めからしなければいいのに



「そ、そういうお前は一体誰だ!」

「私ですか?私は綱吉の幼馴染みで京子の親友のですよ」



…その名前を聞いた途端、二年生の一部がその場から一歩下がった
持田先輩もその一人である
一歩下がった人間らは、まさかあのの妹?などと言った言葉を発する
…二年に一人だけいる苗字だ…そこまで珍しくもないのだが、たまたまその学年に一人しかいないだけである
その子の名前は踊歌ようか柔道部に所属している普通の女の子だ
そしての姉の名前である
踊歌は何をしたか?と言われたら何もしてない…否、それは嘘かもしれない
ただ、喧嘩は負け知らずとでも言っておこう



「そうそう、持田先輩…これ以上私をイラつかせたら、言っちゃいます」

「だだだ、誰にだ」

「舞華姉ちゃんと踊歌姉ちゃんの両方に」



ヒッ!と肩をビクつかせる持田先輩にクスッと笑みを零す
にはもう一人姉がいる。数年前に並中を卒業し剣道部に所属していた舞華まいか
彼女は特に強いという訳じゃない
ただ剣道部のメンバーに慕われているのだ
そんな彼女が敵に回ったとしたら自分の立場が逆転するのは目に見えてる
持田先輩は謝ろうと頭を下げようとした

…が



「いざ!勝負!!!」



武道館の入口からパンツで入ってきた綱吉に目が行き全ての人間が一瞬にして今までの事を忘れた
本当に何もなかったかのように…



「…綱吉?」



はその姿に目を見開いた
──その恰好どうしたのさ…

そうは思ったものの綱吉自身が勝負をしに来たと言うことになるのではその場から離れギャラリーに混じろうとしたが…



「ブァカが裸で来るなんてな!」



とそんな事を叫んでいる持田先輩をみて顔をしかめる
どうやら反省をしていないようだ
は深めの溜息をついて既に朝練を終えた薙刀部の方へ戻っていく



さん凄かったね!」

「あ、うんありがとう。先輩!体育着貸してくれませんか?」



手に持っていた薙刀を元の場所に戻し同級生からの褒め言葉を受けつつも吉平先輩に近付いていく
それを誰もが首を傾げて見ていた
その間にも綱吉の戦いは続いている



「俺、体育あるんだけど…」



それに俺のじゃデカイだろ?
そう言う先輩は私の意図を理解してくれたようだ
確かに先輩の身長じゃ綱吉が着るのにはデカイ
でもあくまで一時凌ぎでしかないから特に気にしない
それに綱吉が見知らぬ誰か体育着を着るとも思えない



「でも一時間目じゃないんですから大丈夫ですよ!」

「…なんでお前が俺の時間割を知ってるんだ!」

「だって、今制服着てるじゃないですか!ということは一時間目じゃないんですよね?」

「はぁ…持ってけ。俺の体育は三時間目だからな」



吉平先輩はガサゴソと鞄を漁り体育着を着てポフッと私の顔に体育着を投げてよこす
その行動にイラッと来たが今は時間がないので眉を寄せてそのまま綱吉の方へ走る
綱吉と持田先輩との戦いはいつの間にか終っていて裸の綱吉がみんなの中心にいた



「綱吉ーっ!」

「……ちゃん?」

「あ、…あり─ぐへぇっ!」



周りの人を掻き分け円の中心に来たはポフッとさっき先輩にやられたように体育着を綱吉の顔に向かって投げた
もちろん、“ダメツナ”と呼ばれる綱吉はよけられる筈もなく体育着は綱吉の顔にあたる
隣りにいた京子はびっくりとした顔でこっちをみる



「早く着て!風邪引いちゃう」

「っ!あ、ありがとう」



綱吉が裸な事にもう誰も言わない、忘れてたからかもしれないが…
綱吉は京子から一歩下がってアタフタと先輩の体育着を着る
はキョロキョロと辺りを見回し剣道部員を捜した
一人見つけたかと思うとそいつに向かってニヤリと笑った



「持田先輩が起きたら“伝えましたから”って言ってください」



はそのまま綱吉をみる
既に着替え終えた綱吉は今着てるのが誰の物かわかり若干顔をしかめていた
でも、ほかの人のよりは良かったのか特に何も言わずに着ている



「で、綱吉?」

「な、なに

「私の言いたいことわかる?」

「……ご、ごめん?」



何となくは解るけどあってるか解らないと言うように謝り言葉の語尾をあげる綱吉
しかし、その目は笑っている
それを誰も気づくことなく人々は校舎へと帰り始めていた
それに対してフンッと綱吉から視線をはずす
──絶対あれは楽しんでる
気付いた途端にもうどうでもよくなって、私は荷物を取りに戻ろうとした



「ほら、忘れもんだぞ」



と鞄を目の前に置いたのは吉平先輩
そしてその上に畳んである制服を乗せる
一瞬綱吉のほうを見て、何もなかったかのように私のほうに視線を向ける



「あ…ありがとうございます」



とお辞儀をして礼をいえば先輩は私の頭に手を乗せてポンポンと軽く叩いてから道場を出ていった
綱吉とすれ違い様に何か言ってたみたいだけど聞こえなかった
と綱吉を見ればいつの間にか私の鞄を持って道場から出ようとしていた
ホントいつの間に持ったの?って!



「あ、待って綱吉!」

「…ごめん。それとありがとう」



隣りに着いたその瞬間に真剣な顔をして呟く綱吉
さっきのように目は笑っていなかった
その吸い込まれそうな綺麗な瞳に一瞬息をするのを忘れた



「あれは嘘だよね?」

「うん…だけどしばらくは戯事に付き合って貰うかもしれない」

「私の気持ちは変わらないから…」



静かに呟かれる一言に綱吉は笑う…本心で
綱吉が私の家族と奈々さん以外に本性を出しているところなんて見たことがない
そんなみんなが知らないことで感じる些細な優越感を得ていた私
だけど、これから先その優越感がだんだんと薄れていくような気がしてならなかった
幼稚園以来見せなくなった、張り詰めた緊張感が今日見えた気がした…


***


道場ではまだ生徒が残っていた
生徒たちは綱吉とを見送った後ボソボソと話しながら徐々に散っていく
そんな中二人の女子生徒は未だにその場から離れず話し込んでいた



「で、京子。沢田から告白されたの?」

「うーん。どっちかって言ったら持田先輩から助けてくれたって感じかな?」



でも、なんで持田先輩のこと苦手だって知ってたんだろう?それに…昨日のツナ君、いつものツナ君じゃない感じだったよ
そう首をかしげるのは被害者である笹川京子。彼女は昨日のことを思い浮かべて更に疑問を浮かべる



「ふーん。ま、あれを見る限りだと沢田との関係は終わったわけじゃないみたいだね」

「そうだね!それだけが気がかりだったんだ!花行こう!」



誰もいなくなった道場で静かに呟いた一言
その言葉を聞いた人は誰もいなくて、綱吉との関係を知る者は増えなかった


 





後書き
吉平先輩の身長は178cmです。
ちなみにあの後、綱吉は2時間目の終わりに先輩に返しに行きます
感謝の気持ちを込めつつもわざと時間ぎりぎりに…
こんな感じで原作をかじる形で書いていきたいと思います!
これからもよろしくお願いします。