「あーなんでこの学校に来ちゃったんだろ」

「いきなりどうしたの?」

「だってここには暴君様がいて自由に出来ないじゃない」


この学園には暴君様と言う名の不良の頂点に立つ人がいる
──その名を七松小平太という
私立の中高一貫校では珍しい不良は一目を置かれている
例外はいるのだが一般人の皆は彼を恐れる

暴君の七松の前を通りすぎるなら頭を下げろ
暴君の七松の命令はYESしか許されない
暴君の七松のお気に入りには手を出すな
こんな訳も解らない決まりが学校中に回っている
──彼は不良ということを覗けばただの男子高校生だというのに…


「そんなこともないと思うけど」


そう呟くのは、右耳に一つのピアスを開けている高校二年生の少女だ
尤もそのピアスホールに差し込まれているのは透明なピアス
故に今までピアスが開いていると気付いたものは数少ない


「だって!みんな暴君様に頭下げて弱ったらしい」

「みんな怖いんだから仕方ないよ。わたしだって怖いもん」


そう答える友人二人には首をかしげる
──自分達にはなにもしてないのに何が怖いんだろう?
その考えが一つ上の彼らの耳に届いた時点で笑われそうなことは目に見えてわかる
それでも思う、なぜと…


「そりゃあ、アタシだって怖いけどさー、は?」

「え、私?…さぁ?」

「やっぱり怖いよね!でも素敵だよね」


肯定してないのに、きゃっきゃっ!と盛り上る友人にさらに首を傾げる
そんな騒ぎ立てる必要があるものか
と言うより“暴君様”を恐れる人は学校内では殆どだろうに
それでも女子に人気な理由も解らない
男版の高嶺の花なのだろうか?


「お二人とも騒ぐのはいいけど、ここ食堂だからね」

「はっ!暴君様いないよね?」

「さぁ?」


キョロキョロと見回す友人を無視してお弁当に蓋をする
──いたから何だ。それに恐らく今日もあのメンバーと屋上だ
みんなに会わせないようにとの判断で基本的にあのメンバーは屋上に避難しているから…

今日この時をもって日常が崩れるなんて思ってもみなかった


***


部活がない今日は真っ直ぐ家へ帰ることをせずにスーパーに寄って食品を買い占める
父親が単身赴任で母親は住み込みで仕事。帰ってくるのは休日のみ
そんな生活で家事をしないのはあまりにも無謀で、家事をはじめてから早いもので三年
隣のウチは母子家庭で親が働きに朝早くから夜遅くまで出ているから食事に関しては一緒に済ませる
そんなことをはじめて早三年
幼馴染みの彼の帰りを待ってハンバーグの種を作る
育ち盛りな一つ上の幼馴染みのために食材は二人なのに三人前強
お肉メインでしっかり野菜もいれて
連絡があるまで寝かそうとラップに繰るんで冷蔵庫にいれる
他に何作ろうかと首を捻れば目の前に携帯
しかも、丁度メールがきたのか画面が光る
──あれ?なんでメール?
とメールを見れば一言
『今日ご飯いらない』




可笑しい可笑しい可笑しい
朝は夕飯楽しみだとか言ってたくせに
それよりも電話派の彼がメールを送ってきたことに驚きを隠せない
──私なにかした…?
思い当たることはなにもない
ちゃんとお弁当も作ったし、強いて言えば食堂で彼の話をしていたぐらい
ぐるぐるぐると思考を巡らせても出てこない答えに諦めて、携帯から一人を選択する
──ご飯消費してもらわないと…流石に無理


『もしもし?』

「まだご飯食べてない?」

『ん?食べてないけど…どうしたの?』

「…ご飯食べに来てくれない?」

『……おれだけで足りる?』

「大丈夫、残ったら明日使うから」

『わかった、すぐ行くよ』

「よろしく、勘ちゃん」


理由を言わずとも察してくれる彼が好きだ。勿論友人として
尤も家に来たら根掘り葉掘り聞かれるんだけど


***


結局勘ちゃんが明日のお弁当用以外のハンバーグを全部消費してくれた
美味しかったよとお茶を飲む勘ちゃんにさて、と声をかけられる


「七松先輩と喧嘩でもしたの?」

「なんでそうなるの?」

「だってがご飯に誘うのって珍しいから」


そう、の幼馴染みとは暴君様と呼ばれる七松小平太
基本、毎日ご飯を共に食べると言うのに今日は違う
一人なのに作りすぎたなんてことはしないはず
ということは何かあったと勘右衛門は考えただろう


「作りすぎただけだって」


そう、作りすぎただけなのだ。こへくんが今日食べないのを忘れてただけで
…なんてことで誤魔化される筈もないか


「ふーん。で、本当は?」

「……いきなりいらないってメール来たの」


何の前触れもなく…電話じゃなくってメールってところがなんか変
ただ一言『今日ご飯いらない』って来てた、と思ってたことを勘ちゃんにぶつけてみれば、勘ちゃんは少し考える動作をしたあと、笑みを見せる


「…おれに乗り換えちゃえば?」

「乗り換えるもなにも、こへくんの彼女じゃありません」

「知ってるこっちから見たらそう見えるけどね」

「…そういう勘ちゃんにはデザートあげません!」

「え!?今の無し!」


目の前で食べてやるんだからと冷蔵庫から昨日の夜作ったチョコムースを取り出す
勘ちゃんは困る!と立ち上がり冷蔵庫の前に立つ私の後ろに立ち、手を伸ばす
私の背中と彼のお腹がぴったりとくっつく


「…だめだよ、好きな人以外に簡単に触れられちゃ」

「んー三郎達には触れさせてないよ?」


勘ちゃんだからここまで許してるの
私とこへくんの関係をいち早く知った勘ちゃんだから
特別なんだよと言う言葉は心に閉まって、なんで?と首をかしげる

それに対し勘ちゃんはおれが殺されちゃうか…と笑ってチョコムースごと離れる
あーあ結局とられちゃった。でも二つあるからいっかとスプーンを勘ちゃんに渡す
美味しそうにデザートを頬張る勘ちゃんが好きだ。勿論友人として
と、自分の分には手をつけず眺めていれば手元の携帯が短く鳴る
またメールか、と内容を確認すればまたも書かれる『ご飯いらない』
しかも今回は『明日一日』だ


?」


段々とシワを寄せるに首をかしげて最後の一口を頬張る勘右衛門


「勘ちゃん」

「なに?」


私がまだ手をつけてないムースに手をつけようとする勘ちゃんの手を叩き勘ちゃんをみる
叩かれた手を優しく摩る勘ちゃん


「今日泊まっててよ…明日のお弁当作るからさ」

「珍しいね…いいよ今日一人だし」


制服を着ている勘右衛門は自分の家よりも近いの家に泊まるのに断る理由もなく肯定をする
それよりも今この状態のを置いて帰る方が心配だ
と勘右衛門の心境を露知らずありがとうと笑う


「仲直りできそう?」

「さぁ?」


今回ばかりは原因がわからない
何を思って、こへくんが私を避けているのか
何が何だか解らないのだから仲直りの仕様がない


「明日三郎たちに相談だね」

「そーだね」


ぐでぇーとしているの頭を軽く撫でて勘右衛門は寝る準備に入った


「……寂しいよ、こへ兄」


そんな言葉は聞かなかったことにして


***


翌日の朝、いつもと同じ時間に起きて仕度をする
朝御飯と共にお弁当を拵えてれば匂いに誘われて目が覚めたのか勘ちゃんが降りてきた


「おはよう勘ちゃん」

「おはよーっ」


抱き着こうとする勘ちゃんをにっこりと笑って征し朝御飯を盛り付ける
我ながら上出来と喜びつつご飯を平らげいく準備を始める戸締まりをして出ていく
いつもと同じ日常だ
今日は隣にいるのがこへくんではなく勘ちゃんだけど

こへくんは何時も歩いて学校へ行く
そういう私は自転車
勘ちゃんもそんな学校から離れてないから自転車で通っている
二人で自分の自転車で並んで学校に行くのは実に久し振りで一緒に登校って素晴らしいなって思う


「「おはよー」」

「あぁおはよう、ってそれどころじゃないぞ!」


二人で仲良くクラスへ入れば三郎が凄い顔をして近付いてくる
二人で首をかしげればそれがな…と真剣な顔をして雷蔵たちのところへ連れていかれる


「あの“暴君様”が御乱心らしい」


ガタガタガタッ!
周囲で椅子を転がり倒す男子生徒
決して三郎が大きな声だったわけではない
三郎は理由を知ってるであろうに聞かせるために声を発していたのだから

学校内でと小平太の関係を知る人間は限られている
暴君の七松小平太に気に入られているメンバーのみ
それほどまでに学校で関わっていないのに、この御乱心には何かあったとしか言えない
関係ではなくてもが知ってると思って


「…知らないよ」

「なんで?」

「察してあげなよ」


珍しく自分から勘右衛門に寄り添っているをみて雷蔵は感じたのだろう
なぜ?と聞いた八左ヱ門にこれ以上聞くなと遠回しに咎める


「あ、…食満先輩だ」


入り口を見つめていた兵助が見知った顔を見つけて首を傾げる
暴君のお気に入りで一個上の先輩は滅多にこの学年には来ない
と言うことは何かあったということ


「食満先輩どうしたんですか?」

「ぉお、竹谷か!いるか?」


ざわりとざわめきだすクラス
暴君お気に入りの留三郎に呼ばれた
一体何があるというのか


「なーに?留兄」


勘ちゃんに引っ付いている私をみて驚く留兄
それで全てを察してくれる彼でもなく低い声で尾浜?と勘ちゃんの名を呼ぶ


「おれじゃなくてに用なんですよね?先輩」

「あ?でもな…」

「留兄早くしないと先生来ちゃうよ?急ぎ?」

「あぁ…」

「んー勘ちゃん。任せたよ」


勘ちゃんにくっついていた体を離し留兄の前に立つ
行こ?と手首を掴んで引っ張る私に留兄は溜息を吐く
気まずそうに教室に入ってきた留兄のことだ。きっと教室では離し辛いのだろうと考えたが当たりのようだ


「お前、小平太に何が言ったか?」

「…こへくんに?なにも?」


三郎から聞いたこへくん御乱心に何か関係があるのだろうか?


「本当だな?」

「気にさわるようなことをいった記憶はないけど…」


何かあったの?と留兄に聞けば渋い顔をこちらに向ける
──文兄に向ける顔をされても困るんだけどなぁ
廊下からはチャイム音が聞こえる
HR始まっちゃったと呑気に思いやれば、聞いてんのか?とデコピンされる


「いたい…」

「『わたしって怖いのか?』」

「…え?」

「昨日の夜、俺達に小平太が言った言葉だ」


今まで散々“怖い”なんて言われてきたじゃないか…何を今更と笑い飛ばしたかったがふと頭を過る昨日の昼のこと
あれを聞かれていたとしたら?
私は肯定なんかしてないが、周りが聞けばあれは肯定だったのではないか?


「…昨日こへくん食堂にいたの?」

「ん?…あぁ行ったな飲み物買いに」


そのあと不機嫌でそのまま帰って行ったから何事かと思ったんだがな
と続ける留兄に全てのピースが揃う
──あの時から狂ったのか


「ありがとう。留兄…昼に屋上行くから、こへくん止めといて」

「あ?なんか解ったのか止められっかな…」


と頭を掻く留兄に頼んだよと笑い空き教室を出て自分の教室へ戻る
いなかった私を先生が咎めたけど勘ちゃんが庇ってくれた
ついでに皆にお昼屋上ねと約束を取り付ける
あぁ…誤解を解かなくては


***


時間が経つのは早いものであっという間に昼休み
午前中の先生の話なんて右から左へ抜けていった


「で、御乱心の理由はなんだったのだ?」

「んー勘違いからのスレ違いかな?」

「やっぱりお前が原因か」

「五月蝿い三郎」

「で、謝りに行くんだろ?」

「ん?違うよ」

「「「「え?」」」」


謝りに行く訳じゃないと伝えれば、驚き立ち止まる勘ちゃん以外の面々
私の非じゃないのに謝る理由がわかりません
とにっこり笑って目の前に広がる屋上への扉を開く


「あ、やっときたね」

いつまで待たせる気だ?」

「バカタレ!もう少し早く来んか!」


ブスッと不貞腐れてるこへくんが真ん中で左隣が長次兄、文兄、仙兄
右隣が留兄、伊作兄だ

こへくんは私を見たとたんビクッと解りやすいぐらいに肩を上げ気まずそうに顔を反らす


「こへくん」

「……。」

「おい、小平太」

「いい、文兄…こへくん」


後ろで固まってる三郎たちを余所に、こへくんに声を掛けるが反応なし
文兄が咎めるがそれを止めさせもう一度呼ぶ


「じゃあ、おれが貰っていきますね」


反応を示さないこへくんに嫌気が差したのか勘ちゃんはお弁当を三郎に預け私の背中からぎゅーと抱き着く
ピシャリと固まるこへくん以外
こへくんは眉を上げ勘ちゃんを睨み付ける


に触んな」

が直接に言った訳でもない言葉を信じて、触れるのを逢うのを怖がっている貴方にを預けられません」


ぎゅっと更に抱く力を強める勘ちゃんをカッコいいと思う
だけど、目の前でくしゃくしゃに顔を歪めるこへくんを見るとほっとけないなと思ってしまう


「っ」

「貴方だから諦めたのに…勝てないと踏んだから諦めたのにを悲しませるぐらいなら…おれは」

「勘ちゃん、これ以上は言っちゃダメだよ」

「でも!」


お腹に回された勘ちゃんの腕をスルリと外し座ったままのこへくんの前に両膝をつき強く握られた手を優しく包む
ビクリと再び肩が上がったがそんなの知らない


「こへくん、私がこへくんのこと怖がってると思う?」


目を合わせようとしないこへくんをじっと見つめてこへくんに問う
周りのみんなは傍観に回るようでお昼ご飯片手に此方を見ている…恥ずかしい


「え…違うのか?」

「あのねぇー怖がってたら近付かないし、手を握らないし、一緒にご飯食べないし、お弁当も作りません」

「本当か!?」

「本当だよ」

「済まなかったな!やっぱりそういうお前が好きだ!」


そのまま腕を手前に引っ張られて私はこへくんの胸の中
先程言われた言葉の意味を理解し、かぁーっと顔が赤くなる


「あ、あのぉ…」

「っ!!こへくん離して!」

「やだ!」


ハチの気まずそうな声に、はっとするが一向に離してくれないこへくん
恥ずかしいよ!


「…漸くくっついたな」

「あぁ…長かった」

「片想い歴何年だっけ?」

「小学校からだろ?軽く二桁行ってるぞ」

「え?そうなんですか」


雷蔵が驚きの声をあげる
知ってたのは勘右衛門のみで他のみんなはそんな長かったなんて知らなかったようだ


「だってな小平太の呼び方が…「文兄言っちゃダメぇ!」


未だに抱き着かれている(今は背中から小平太が抱き着いている)が恥ずかしさのあまり文次郎の言葉を遮る
それにニヤリとした仙蔵が口を開く


「初めはお兄ちゃん」

「ちょっ!」

「次に小平太お兄ちゃん」

「だめ!」

「…小平太兄」

「で、こへ兄にかわって」

「最後がこへくんだ!」


過去を暴露し始める仙兄達を睨み、ふぅんと笑うのは
小平太は笑いが止まらないらしい


「もう、いいもん。もう呼んで上げないから立花先輩に潮江先輩、中在家先輩、食満先輩、善法寺先輩?」




耳元で聞こえた低い声と共にぎゅっとお腹に回っている腕の力が強くなる


「仙蔵たちばっかりずるいぞ。わたしも構ってくれ」

「いや…十分かまってると思うんだけど違う?」


首をコテンと傾げる
こへくんの眉はどんどん深まるばかりでわかんない。
でも…好きだなぁって思う。


「それに…わたしまだ返事を聞いてないぞ」

「ふぇ?……えっと、好きだよ」

「わたしも好きだ!…ってまだトーピンつけてるのか!?」


代えてやろう!と優しく耳朶に付いてるピアスを外し自分の耳に付いてる中で一番ゴツくないものを付けてくれる


「ありがとう…ってダメだって!学校は何事もなく過ごしたいのに」

「外すなよ」

「いや…でも、ね?」



「…はぁい」


そんな顔されたら外すことなんてできないでしょっ…そんなのは心の中でと止めとく
と勘ちゃんの方を向くこへくんに嫌な予感がする


「あぁ…尾浜、その弁当のだろう」

「そうですけど、上げませんよ」

「こへくんが勘違いするからいけないんですー」


と自分のお弁当の中のハンバーグを小平太の口に放り込む

空を見上げれば雲ひとつない晴天が広がっていた


***


「えーっ!ピアス開けたの!?てかそれ暴君様のだよね」

「ピアスは元々開いてた。貴方の言う通りこへくんのです」

「こへくんだって!?あんた尾浜が本命じゃないの?」

「違うよ?勘ちゃんは親友。こへくんは幼馴染みで恋人。ね、勘ちゃん」

「そーだね」


頬を腫らした勘ちゃんに誰もが驚く
──あのあとこへくんに一発殴られました
誰もこへくんを責めなかった。だってみんな勘ちゃんがわるいって言うんだもん
確かに…勘ちゃんはやりすぎだけど…


「なんなの?聞いてないんだけど」

「言ってないからね。そういう行動も今まで取ってないし」

「の割には毎日お弁当作ってたじゃん」

「勘ちゃん黙ろうか」


未だにキャッキャとしている友人どもをほっといて勘ちゃんにデコピンをする
勘ちゃんはずーとずーと友達がいいな。

ということで、今日からに手を出した者は“暴君様”こと七松小平太にボコされますので
──尤もそれが公にかわっただけである

あぁ、ひとつだけ違うとすれば、“お気に入り”だからではなく“恋人”であるからかな?


好きだからこそ…
 知らぬところの言葉は怖いもの