授業中の今、ぼけぇーと回りを見回す私
高校三年の三学期。それは私にとって、すごく退屈な毎日だった
AO入試で早々に進学先が決まった私は、夏休み明けから今日まで進学先が決まっていないクラスメイトに揉まれていた
ついこの前、大学センター試験も終わり、漸くその空気が、受験の雰囲気が、若干緩和された。それでもまだ、国立大を第一志望にしている子や一般で受験をしようとしている子がクラスにはいるため、まだまだ受験ムードは消えない
あーぁ…すごくつまんない
授業も自習ばかりで暇(と言っても、好きな授業なんてないんだけど)
課題でもやるか…と欠伸をし、プリントを取り出せば授業の終了を示すチャイムがなる。漸く今日の授業が全て終わった
今日はバイトもないし…ホントに暇。誰か構ってくれないかなー。親も遅いし

「暇」
「あ?暇なら手伝え!」
「……んー何を?」
「日直の仕事だ!バタカレ!」

ぼーとしている間に終礼が終わっていたようで、人の姿はまばらだった。
この教室にいるのは私と潮江文次郎と……数人の男子生徒ぐらい
あれ?珍しい…文次郎はいるのに立花君がいない

「立花君は?」
「今日は先帰った。それより、お前も日直だろ」
「えーヤル気ないよ」

と机に突っ伏せばピクリと眉を上げた文次郎。一度私から離れ、教壇の上に置いてあった何かを持って近付いてくる
ん。と差し出されたそれを見れば学級日誌だった。嫌な予感

「じゃあせめて日誌書け」
「えー。じゃあコンポタ一本で手を打つとしよう」
「……それぐらいなら奢ってやるからとっととやれ」
「わぁお、文ちゃんてば、男前♪」
「文ちゃんって呼ぶなバカタレ!」

愛しのコンポタのためと、本日一度も開かれてない筆箱からシャーペンを取り出し、今日の授業記録を書き出そうとするが、どうも記憶がない
……あれ?そういえば、今日の授業って全部自習じゃなかったっけ?

「文ちゃーん!今日って自習のみ?」
「あぁ…なんだ覚えてないのか?」
「いや、確認しただけ」

高校生特有の丸みの帯びた癖のある字で、1限から6限の教科欄には時間割から教科を記入し、授業内容欄には全て自習と書き込む
日誌の上の方には文次郎の字で私と文次郎の名前が書いてある
──何が一番ムカつくって、男の子らしくない、スラーッと流れるような字で、私より上手いこと。これで習字習ってないと言うのだから驚きものだ


「なんだ、まだ終わらないのか」
「ん?もう終わるよ」

私が日誌を書いてる間にほかの日直仕事を終えたのか、私の前の席の子の椅子に腰を下ろし、日誌を覗き見ている

あ…今、私の字を見て眉上げたでしょ!
口には出さず、心の中でそれを押し留め書き続ける。だって言ったところでどうせいつも通り流されるだけだから
感想や連絡事項を書き込んでいくうちに日誌は私の字で埋まった

「こんなものでしょ」
「終わったんなら、帰るぞ」
「あら?文ちゃんってば今日はやけに積極的ね」
「…飲み物奢ってやらんぞ」
「んーそれは困るなぁ」

くぅーっと伸びをしてテキパキとブレザー着てコートを羽織る。仕上げにマフラーを巻けば、そこら辺にいるかわいい女子高校生の出来上がり
一方、文次郎はコートを羽織らず、首にマフラーを巻いただけ
寒くないのかと前に一度聞いたら、意外と学ランは温かいらしい。羨ましい。
上履きからローファーに履き替えて外に出る。ピューと吹く風に体を震わせる。さすが冬だなぁ

「うぅ、やっぱり外は寒いな…」
「ほら」
「ありがと」

学校出てすぐの自動販売機で、文次郎は立ち止まる。生憎学校内の自動販売機には愛しのコンポタは売り切れていた。
ポケットの中から財布を出して、小銭を自動販売機に吸い込ませコンポタを買って私にくれる
ありがとう。と笑って受け取れば、あぁと仏教面で返事をする。変なの。
軽く振ってからプルタブを開け、クルクル缶を回しながら飲めば粒々のコーンが口へと吸い込まれる。あぁ幸せ

「文ちゃんも飲む?」
「あぁ」

と、私が手に持っていたコンポタを自然な動作で奪い、一口飲んでそのまま私に返してくれる

「あれ…ホントに今日どうしたの?熱でもあるの?」

いつもと違う文次郎に驚き、思わず背伸びして文次郎の額に手を当てる
んー熱はないのに、どうして?

「熱はないのに…」
「バカタレ」

口癖の「バカタレ」と共に、ピンッと文次郎の長い指でデコピンをされる
痛い…と額を押さえ文次郎を見上げれば、左下に視線を落とした文次郎が目に入る
こてんと首をかしげても反応がない文次郎に、眉を寄せクルリと方向転換
反応示さないのなら私にだって考えがあるよ
背を向けて文次郎から貰ったコンポタを両手で握る。そんな私の態度に、一瞬反応を示した文次郎
──冷え冷えではないが温かくはない。まるで今の私の心みたい……

「何か私に言いたいことでもあるの…?」
「……覚えてないのか?」
「え、なんの話?」

はぁーと溜息が聞こえる。やっぱり今日の文次郎なにかおかしい。クルリと文次郎の方に体の向きを戻せば、眉を寄せ悲しそうな表情をしていた
…え、本当何?何か忘れてる?
でも、心当たりが何もないと、首をかしげていれば、携帯の画面を見せてくる文次郎
携帯の画面にはカレンダーが映し出されており、今日の日付が青色で選択されている
……その日付は見覚えがあった

「ぁぁああっ!!」
「やっと思い出したか」
「うん。本当ごめん」

今日…文次郎と私の記念日
付き合ってもう何年も経ってるから一年に一回にしようって話になったんだ
だぁあああ!忘れてたよ!だって、私と文次郎が付き合ってるって知ってるのクラスの中だと立花君だけだもん
だから珍しく文次郎が積極的だったんだ

「本当にゴメン!」

缶を真ん中に挟んで合掌をして謝る
文次郎は眉を寄せたままだったが私の頭を撫で、帰るぞと腕を引っ張る

「ねぇ、うち来る?」
「いいのか?」
「今日両親遅いから平気」

お互いに手を繋ぎ、ピタッとくっついて歩き出す
学校から家は徒歩圏内であり比較的近い
ペチャクチャと喋りながら歩いていけばすぐだ
ガチャリと鍵を回し扉を開ける
誰もいない家は外よりも幾分温かく過ごしやすそうだ

「部屋行ってていいよ」

わかるでしょ?という問いに頷く文次郎
お互いにお互いの家の間取りは把握している
──幼馴染みでもあるからね
一緒に持ってってと鞄とコートとマフラーを渡せば、無言で受け取ってくれた

コップに飲み物を注ぎ入れ、盆に乗せて二階の私の部屋に入る
すでに文次郎は先日買ったソファー──巷で話題の人をダメにするソファーだ──に座り寛いでいた。鞄は勉強机の隣に、コートとマフラーはコート掛けにいつも通りにかかっている
テーブルに飲み物を乗せたお盆を置き、部屋を見回した
どこに座ろうかと考えた末、ベットに転がることしにた
ソファーに寛ぐ文次郎を見て、やっぱり好きだなってふわりと思う。みんなはおじさんというけれど、ほかの同級生とは違った落ち着きがまた良いと私は思うよ
幼い頃からみているからこそかもしれないけどね

「文ちゃん」
「だから文ちゃんってよ「好きだよ」

文次郎に体を向け、真顔でそう答えてみる
言葉を遮られた文次郎は突然の言葉に顔を赤くする
こういう反応は年相応というか、初心だなって思う。もちろん、私もだけど

「俺もだ」
「俺も…なに?」

だから少し意地悪がしたくなった
文次郎の口からちゃんとその言葉を聞きたくて
今の私の顔はニヤニヤと笑いながら悪い顔をしてるのだろう
顔の一向に赤みが引かない文次郎だが眉が寄ってる

「直接聞きたいんだけど?」
「………す、好きだ」
「ふふふ…文次郎、顔真っ赤」

顔を更に赤めそっぽを向く文次郎の姿は私しか知らない
──もしかしたら文次郎と仲が良い彼らも知っているかもしれないが
ニヤニヤと笑う私に気づいたのか、文次郎は立ち上がり近づいてくる
その瞳の熱に吸い込まれそう。ドクンと心臓が一鳴りする

…」
「なぁに?文次郎」

危機感を感じて座り直せば案の定そのまま抱き締められる
普段しない文次郎だからこそ、こうなったときは止まらない

耳元で、キスしていいか?と優しくて、熱のこもった甘い声で問う文次郎に、素直に静かに頷くことにした



記念日を忘れた代償
 ──果たしてこれは罰なのか




─後書き─
センター試験お疲れさまでした
あと数年後にはセンター試験がなくなってしまうんですよ
私は受けてませんが悲しいですね。