「兄さん!!私を癒して!!」
「いいよー!!やきゅーする?」
「んー野球はいいから、お散歩しよ!」

ふんわりとしたワンピースを着て、部屋でカラーコーンを被った十四兄に声をかける
ガバッとカラーコーンを引き上げた兄の顔は、いつも通り嬉しそう。少し長くなってしまった黄色いツナギの袖をまくり、引き出しから小さな黄色いがま口を取り出す。それをポケットに突っ込んで、行こう!と笑顔を見せてくる
それだけで、自分の心は癒されてくるから本当十四兄の笑顔は不思議だ
今日は日差しが強いから、黒いヒラヒラの日傘を差して外に出る。こういう天気の良い日はお出かけするのが一番だよね

「どこいこっかー」
「ふらふらと?」
「わかった!!」

はぐれないように手を繋ぎましょ、と笑って手を出す十四兄に笑って、こちらも手を差し出した
私の手を取って歩き出した兄に、引っ張られるように付いて行く。どこ行くのかなぁとふわふわしてれば、町の小さな公園に辿り着いた
休日の昼間。子供達が大勢遊んでいる。その公園の空いてるベンチに腰をかければ、兄は自然な手つきで、よしよしと頭を撫でた
六つ子の中では五男故、弟気質な兄だけど私の前だと一人の兄で。その優しさに思わず照れ笑いが零れた

「仕事で何かあったんッスかー?」
「そうなの!上司にブチ切れる所だった」

高卒で仕事に就いてもう3年が経ち、4年目を迎えた。兄達はその間にもニート歴を積み重ねている。もちろん、一時的にバイトをしたりしているが、定職につけた試しがない
すぐに諦めてやめてしまうのだ。やる気を出せばちゃんとしっかり働けるだろうに……話が逸れた
で、この歳月は私の職場環境を大きく変えていった。大勢いた先輩社員は辞め、後輩もついていけず辞め、今や残ったのは同期の子と数名の先輩方。それも一人は私よりこの仕事に対し経験が浅い先輩。それはもう、なってしまったのだから別に構わない。だって会社って、社会ってそんなもの。それがこのタイミングで多かっただけ。でも、私より上がいるのに、上司はその方よりも多くの仕事を私に寄越してくる
文句を言えば、仕事できるんだからの一点張り。
──えぇ。できますよ?やればいいんでしょ?
こうして、昨日もブラック並みの残業をして帰ってきたのだが……

「なんで私なの!?先輩だってできるじゃん」
「うんうん」
「後輩もさ、人数が少なくなっちゃったから、今年投じたのはいいけど、なんで私だけ教える人間多いの!?私そんな教育うまくないよ!?」
「えらいえらい」
「兄さん聞いてる?」
「もちろん!」

ぐりぐりとコレでもかと言うほどに頭を撫で回す兄。それだけでも幸せな気分になれるから不思議だ。と言っても全てが癒されたわけではないけど
喜怒哀楽の激しい兄は昔から何かを抱えている節がある。それを表に出すことは殆ど無くて、他の兄も知らないフリをしてるのか、気づいていないのかで、あまりその話をしたがらない。そういえば、少し前にアルバムを確認していたようだけど……なぜか封印してた。何を見たのかは一切教えてくれない。でも暫くガタガタしてたから、恐ろしいものでも見たのだろう……。

ちゃんは偉いねぇ。ボクには出来ないよ」
「兄さん。そこは頑張ろうよ……」
「あは!」
「クレープ食べに行こ」

終始笑って頭を撫でてくれる兄に、今度は私から手を差し出して歩き出す。燥ぐ兄は子どものようで、思わず笑ってしまった
公園からさほど遠くないスーパーの下にあるクレープ屋さんに連れて行く。こぢんまりとした、昔ながらのクレープ屋さんって感じが好きで、小さい頃から通い詰めてる。尤も最近は仕事やら何やらで回数が減ってしまったが

「どれにしようかなぁ〜」
「ボク、チョコバナナ!」
「あいよー。お嬢ちゃんは?」
「んーーーーっチョコカスタードで」
「チョコカスタードね。2つで500円ね」

私がポシェットから財布を出すよりも早く、十四兄はがま口を取り出し、500円玉を置いた
え?と驚く私にいつもの顔で、笑いを零す兄

「奢る〜!!」
「え。付き合ってもらったお礼しようと思ったんだけど」
「じゃあ、いつも頑張ってくれるちゃんにボクからのご褒美」
「〜〜〜っ!!兄さん好き!」
「わいも大好きでっせ!」

その後は感動したおじさんが、サービスだ!っとチョコカスタードにイチゴをトッピングしてくれたり、チョコバナナに生クリームを追加してくれて、至れり尽くせりだった
ただ、兄は渡される際に「妹に迷惑かけんじゃねぇぞ」とド突かれていた。幼い時から通いつめているためか、兄が六つ子である事はおじさん覚えたらしい。しかもニートである事まで……いや、ニートであることを私は喋ってないからね

「あっんま〜!!」
「美味しい!ひとくち食べる?」
「いいんでっか!食べる?」
「いいんでっせ……じゃあ食べる」

はいっと差し出してきたクレープをパクリ。ひとくち目から感じるバナナ特有の甘さに一瞬眉を潜めるが、チョコレートの甘さと生クリームの甘さが口いっぱいに広がり、バナナの甘さを打ち消してくれた
おいしい〜と笑えば、控え目なひとくちを頬張った兄も瞳孔を開く勢いで美味しい!と声を発した
兄のものだと容赦しない四男も、妹の前では少し控え目にしてくれる

「お散歩付き合ってくれてありがとう」
「全然〜!ぁはーっ!また行こう」
「そうだね」

辛い時はこうして引っ張ってくれる兄が好きだよ
この一言は私の胸の中に閉じ込めておくことにする。
だって……そんなこと言ったら調子のるもんね。私の兄達は


 


あとがき

十四松は主人公にとって癒しの存在