季節は巡り、ルークは少しずつだが喋れるようになってきた。赤子よりは大人だからか、それとも逆か、兎に角覚えるスピードが早い。覚えることが多くて、嫌になることが多いみたいだが……。
そういえば、がヴァン付きの副官になる事になった。ヴァンが直接引き抜いたそうだ。
折角うちの師団で慣れてきたと言うのに。ヴァンが引き入れると言うことは、たぶんそう言うことなんだろう。

現在ローレライ教団本部にある資料室で、探し物中。ユリア時代の歴史を調べている。
なに、これもヴァンの計画を阻むためだ。そもそも預言自体の仕組みを完全に理解しなくては別案も思い浮かばないもの。それを調べにやってきたわけだが……。


「さて、何処から調べるべきか」
「どうかしましたか?」
「あ?……導師イオンでしたか。いや、少し調べ物を」
「僕で良ければ手を貸しますよ」
「導師の手を煩わせる訳には……」


頭を抱えていれば声をかけられた。そこに居たのは、まだ子供の導師。前任のエベノスが死んだ事で就任した、可哀想な子。預言に縛られ続ける。
大人顔負けの言葉で話す彼の瞳は笑っていなかった。何を考えているのか、その幼さで何を抱えているのか、気になってしまった。
一度みれば引きずり込まれるような深い瞳。は思わず息を飲んだ。


「いや、ぜひお願いしたいのですが」
「それは良かった。一度あなたとお話をしてみたかったのです。
「おや、オレの名前をご存知でイオン様」
「あなたの噂は飛び交ってますから。地獄案内人」


──どっから出回ってるんだそれは。オレの知らない所でオレの名前が知れてるってどう言うことだ。てか、なんの噂だ。噂が一人歩きしてないといいんだが……。
立ち話もなんだから、とイオンに連れられ着いた場所は中庭。テラス席に置かれたカップは二つ。誰か居たのだろうか。
イオンは近くにいた女性に声をかけ、視線をに向ける。神託の盾の制服を着た女性はイオンに一礼をし、この場を去っていった。


「アリエッタ」
「イオン様!……その人は?」
だよ。ほら、が言ってた」


イオンの言葉に眉が上がる。噂の発生源はらしい。導師守護役から外されたと言うのに、彼女の顔は広い様だ。今の導師とも仲が良いなんて……でも、違和感だな。何か裏がありそうだ。
イオンの隣にトコトコとやって来た女の子。ピンク色の髪に可愛らしいフリルのワンピース型の教団の服を着ていた。イオンよりも少し幼くも思えるが、年上の様にも思えた。細身の彼女はを見上げ、小さくお辞儀をした。


「イオン様の守護役のアリエッタです……」
「特務師団第一部隊隊長のだ。気軽に呼んでくれて構わない。イオン様も敬語を外してくださって構いません」
「……なら信用できそうだね。も普通でいいよ」
「どうも……でも立場上、他の人がいる時は勘弁してくれよ」
「それは僕も同じだから」


にこりと笑うイオンの後ろに若干黒い何かがいたことはこの際だから省略しておく。
と、ひょこんと茂みから顔を出したのは魔物……確かライガだったか。倒すべきかと、一瞬身構えるが気付いているイオンは特に反応をしていない。その姿には眉を寄せるが、魔物に殺気や襲う気配がないことに気付き、首を傾げる。するとの視線の先にいる魔物に気付いたアリエッタが小さな声を上げ、そちらへと駆けていく。突然の行動に驚きを隠せないだが、隣にいるイオンは涼しい顔をしている──全てを知っている顔だ。


「どういうことだ?」
「あぁ……は知らないんだね。アリエッタは昔ライガクイーンに育てられた子なんだ」
「あー。ヴァンが言ってた子か……」
「ヴァンと仲良いんだ」
「まさか。同郷なだけさ」


あんな奴と仲良いなんて……と思い出すのはアッシュのこと。先日士官学校に入学した。段々口調も性格も悪くなっているのは自分の所為ではないと思う。……そう信じたい。
アリエッタは必死にその魔物を追い払おうとしているが、魔物はアリエッタと離れたくないのか、甘えた声をあげ、すり寄って来る。
それを一目見て、は落ち着いた様子でアリエッタに声をかけた。


「アリエッタ。オレにも君のお友達を紹介してくれないか」
「……は怖くない、の?」
「襲いかかる魔物は嫌いだが、その仔は襲わないだろ?」
「襲わない、です」
「なら構わない。お友達も一緒にどうだ?……な、イオン」
「そうだね。アリエッタおいで」


イオンの声に反応をし、恐る恐るライガと近寄るアリエッタ。その姿に微笑ましくて、笑いが漏れる。
目の前に来たライガと目線を合わせるため、蹲み込み、ライガの顎に手を入れ撫でてやれば、気持ち良さそうに喉を鳴らした。
程なくしてお茶を持って来た女性にお礼を言い、お茶会が始まった。
自己紹介からはじまったこの茶会。紅茶も残り僅かになった頃、カチャとカップをソーサーに置いたイオンが、真剣な顔つきでこちらを見た。
はそこで、ただの茶会ではないことを思いだす。今日の茶会は、自身の抱いた疑問を解決してくれる茶会だ。


「で、が調べていた事って何?」
「預言についてだ。ユリアが詠んだ預言は本当に絶対的なものなのかどうか」
「……」
「第七音素を持っている人間はユリアの預言以外も詠む事はできるよな。なぁ、イオン。今ここで預言を詠んだらユリアの預言とどれぐらい差異が出ると思う?」
「……簡単に言うね。第七音素から生成された譜石を詠み解くことは難しいんだ。例え詠めたとしてもユリアの預言との差異は調べようがない。真偽がわからないからね」
「いや、充分だ。ユリアの預言との差異を調べたいだけであって、ユリアの預言との答え合せをしようとは思ってないからな。……それに、預言が正確である必要はどこにもないだろう?」


のその言葉にイオンは目を見開いた。アリエッタは理解できなかったのか、首を傾げている。イオンは暫く考える動作をした後、しっかりとした目付きでを見た。
ずっと考えていたことだ。自分を含め多くの人は、毎年誕生日に預言を詠んでもらう。死の宣告が預言に書かれていたとしても、その事を本人に伝えることは無い。その理由は?預言が絶対的なものであれば、死を伝えてしまえばいいのに。
矛盾めいた預言の扱いに誰も疑問に思わなかったのか。果たして、預言から外れた人間はどれだけいるのか──。
イオンの考えを聞く前にもう一つと、は言葉を続ける。ユリアの預言を誕生日に詠むと言うのなら。


「秘預言が誕生日に詠まれることは無いのか?」
「それは……」
「秘預言の内容を知っているのはローレライ教団の幹部のみ。個人が秘預言になっている場合、その内容が詠まれてしまったら秘預言になるのか?」


預言士が全員幹部な訳は無いだろう。オレだって預言士の扱いだ。尤もその名で活動したことは無いけど。
その考えを口に出せばイオンは記憶を辿っているのか、小さく唸り声を上げ考え込んでいる。
秘預言が詠まれるのであれば、ホドの崩落は皆知っていた筈。知らなかったと言うことは死に対しての預言と同じく詠めなかったのか……?
いや、違うか。ホドの崩落=死と直結する訳だから詠める訳がないのか。


「僕がこの地位に就いてまだ数年だから全部を知っているわけではないけど、秘預言としては詠まない筈だ。預言士は書かれていることを一言一句言う訳ではないから」


詳しいことを聞きたいならモースに聞くといいと思うよ。
そう続けたイオンにの顔は酷く歪んでいたことだろう。モースは苦手だ。預言が絶対的なものであると信じて疑わない、預言の為なら戦争を起こさせる事も躊躇わない……そんな思考を持っている気がして。
人をなんだと思っているのか……きっと預言を正しいものにする為の道具ぐらいにしか考えていないのだろう。……嫌な奴。


「アリエッタは預言をどう思う?」
「え?……アリエッタは難しい事良く分からない、です。……でも、ホドの崩落に巻き込まれてパパとママ、みんな死んじゃった。知ってたら逃げられた、かもしれないです」
「ホドの崩落に巻き込まれて……だと?あの時落ちたのはホドだけじゃないのか」
「ホドの周辺にあった島、フェレス島も巻き込まれて崩落したんだよ。は知らなかったんだ」
「……いや、そこまで頭が回らなかっただけだ……そうだなホドに隣接してる島も巻き込まれるよな」


はぁ。とは思わず頭を抱えた。恐らくヴァンもこの事を知っているのだろう。でなければ単に魔物に育てられた子供を仲間に引き入れる訳がない。魔物を人間に襲わせる?そんな簡単に足がつくようなことヴァンがする訳ない。
駒集めは始まってる。だからオレは探さなければいけない。ヴァンの計画に加担する者を。
計画の全貌は知らないし、ヴァンはオレに全てを話すつもりはないだろう。裏で動いていることを知って、傍観を続けているのだから。

カップに残る僅かな紅茶を一気に飲み干し、思考を切る。これはここで考えてもしょうがない。今日聞きたかったことは解決したのだから。
調べることはいっぱいだ。ホドが崩落した原因もは良く知らない。ここの書物だけで補填できるとは思えない……つまりは一度あそこへ行かなければ行けない。任務の予定を確認するかと、は再び頭を抱えた。


。知ることは大切だけど、知りすぎは身を滅ぼすよ。多分知りたいことは上層部でしか知り得ないこと。君の地位では知ることが難しい。言いたいことはわかるよね?」
「……つまり、知りたければ登り詰めろってことだろう?秘預言のことも、外郭大地のことも、全部」
「そうだよ。今のの地位はまだ低い。神託の盾での地位を確立しても、ローレライ教団の地位を確立しなければ意味がない」


神託の盾で上層部に位置する者でも、ローレライ教団では中層、下手すれば下層にいる者も存在する。全てを知るためには二段階の地位を確立しなければならない。これ以上地位を上げるつもりはなかったが、そうも言ってられないようだ。早いのは階級か……。ヴァンの計画が始まる前にどれぐらい上に行けるかだな。
──結局ヴァンの計画に嵌っていることなど、この時のオレは知る由も無い。

あの後、イオンと別れ部屋に戻る道すがら、士官学校の集団を見かけた。教務に当たっていたのは、なんとフィンだ。掛け声に合わせ木刀を振る士官生。手元がおぼつかない者の姿もあり、思わず進めていた足を止めて、その稽古を眺めていた。
後ろの方で異彩を放つ紅い髪のアッシュ。周りの士官生よりも振りは重かった。流石と言うべきか、その思いは複雑である。
素振りの最中、士官生一人ひとりに目を向け指導していたフィンが不意にこちらを向いた。あ、と思った時には既に遅く、彼はとびっきりの笑顔を見せこちらにやってきた。ついでに、フィンは士官生の素振りをやめさせ、の前に士官生を整列させた。視界の隅に映るアッシュの顔が何処か喜びに満ちていたことには溜息を吐いた。


「紹介する!特務師団の第一部隊隊長を務めているだ。地獄案内人の名前で覚えている者も多いだろう!」
「……紹介に預かった、だ。本日教務に当たっているフィンセントの同期だ」
「彼は若干14にして既に隊長の任に就いている。役職に年齢は関係ない。自分が上がりたいと思えば実力を身につけろ」


ざわめきを隠せない士官生にフィンは手を挙げ黙らせる。すっかり教える立場が身についているフィンには感嘆した。
そのあとは何故かも指導に加わった挙句、稽古を付けることになってしまい、木刀片手に全員いなすことになった。
士官生の打ち込みが当たることはなかったが、唯一危なかったのはアッシュの一撃だった。不意打ちで来たそれに思わず本気を出してしまったことは、フィンとアッシュしか知らないだろう。

ヘロヘロの体で立ち上がり礼をする姿は、キラキラと輝いており、いけないスイッチを押してしまったかもしれないとは後に後悔する事となる。







後書き
オリジナルイオンはシンクの性格をもとにしています
ただし、人前に出るときはレプリカイオンをもとに
番外編を書く予定です