『──!危ない!』


戦場で一人の少女が忍刀で相手の苦無を弾く
そして、そのまま相手の腹に突き刺した
うっという声と共に吐き出された血は少女の忍装束を赤く染める
もともと黒い忍装束の色を変えるほどに飛び散る血飛沫に少女に守られた青年は目を細める


『──!』


その声に少女は振り向く
その目には光などなく、そこにあるのは深い深い闇
青年は思わず息を飲む


『ごめんな…ごめんな…』


青年は少女の肩を掴み顔をうずめて謝り続ける
少女は空を見上げ静かに目を閉じた


***


「っ!…ゆ、夢?」


荒くなった呼吸を整え、今いる場所を確認し安堵の息を漏らす
─良かった…部屋だ
少女──は最近よく視る夢に魘されている
忍装束を着て苦無や忍刀を振り回す姿は物語でよく見る忍者そのままだ
小さい頃によくみていた夢と類似しているが、全く違っていた
幼い頃に視ていた夢はどちらかと言えば楽しいといった陽の夢
しかし、今視ている夢は明らかに憎しみや恐怖といった陰の夢
は苦しさのあまり自分を抱きしめ目を閉じる
懐かしくないはずなのに酷く“懐かしい”と感じるその夢はにとって悪夢でしかない
は両耳に付いたピアスを一つずつ触る
そこまですればだいぶ落ち着いて来たのか一度深呼吸をしてからベットを降り体を伸ばす


「さ、準備だ」


目の前にかけてある真新しい制服を見てはニヤリと笑う
そう、は今日から大川学園の高校生となるのだ
名門校と言われる大川学園は小中高大と全てが揃うエスカレーター式の私立学校だ
途中入学可というエスカレーター式の学校には珍しいが故に学年が上がるごとにつれ人気が高まるのだ
寮もあるらしく、寮生活をしている者を少なくはないと聞く


「おはよ、母さん」

「あら、早いのね」

「入学式だからね」


さ、ご飯ご飯と席につき、目の前に置かれている食パンにバターを塗り一口囓る
口いっぱいに広がるバターの香りに目を細めつつ、おかずに目を向ける
今日は目玉焼きにお味噌汁(豆腐とわかめの味噌汁のようだ)
主食はパンなのにおかずが和風というアンバランスな朝食は今に始まった事ではない
お味噌汁の中に入っている豆腐に、隣に住んでる幼馴染のことを思い浮かべるが、ここ数年─あの日以来─まともに話した記憶がないと気付き溜息を吐く
第一今あいつ─久々知兵助─は大川学園で寮生活をしている


「っ!お母さん!そう言えば兵助って…」

「あら?今更気づいたの?てっきり知ってるのかと思ったわ」

「忘れてたよ…はぁ…」


ま、6クラスあるこの学校で出会う事なんてあまりないだろう
と、高を括るがその考えが覆されるのはもう少しあとの事


「じゃ、いってくるね」

「いってらっしゃい」


入学式が10時からであっても、生徒登校は8時40分なので、母とは別行動だ

電車で2駅、歩いて10分程度の場所にある大川学園は新入生徒たちで溢れかえっていた
みな、それぞれ自分のクラスを確認し散って行く
それぞれで校舎が別れているのか、青めの制服の小学生は左側へ赤めの制服の中学生は真ん中へ、そして自分と同じ緑めの制服を着た高校生は右側へ歩いて行く
ゆっくりと進んでいけば同じ服を着た子達が私は何組!と嬉しそうに話している
さて…私は何組かなと壁一面に貼られた名簿を確認した


「えっと…っと…2組」


思ったより早く見つかった名前に驚く
小中と持ち上がりが多いために後半クラスにいくと思われたのに前半クラスとは…はぁと溜息を吐いて邪魔にならない場所に移動する
これから来る子で同じクラスの子がいないかを少しみたいたからだ


「ほら早くっ!」

「ハチ…そんな急がなくてもオレ達の名前は絶対にあるから」

「でもさっ!早く見たいじゃんか!」


どれぐらい見ていただろうか、あまりの長い時間は見ていない恐らく数分
そんな会話が聞こえて来たのは
ふと、何故か“懐かしさ”に見舞われ、あたりを見回してみれば、そこにいるのは一際目立つ5人組
一番始めに喋ったのがアウトドア系のやんちゃそうな男
次に喋っていたのが半目のやる気がなさそうな顔をした男
その隣にいるのが、そっくりな顔をした人当たり良さそうな男
さらにその隣にいるのが、ドレッドヘアーの様な髪を上の方で束ね左にゴツイピアスをつけた男
そして、もう一つとなりには…女子とも思えるほどの白い肌を持ちスラリと伸びた背を持つ男…否、兵助


「ほら、やっぱりクラス変わらないよ」

「今年もよろしくな、兵助」

「こちらこそよろしくなのだ。勘ちゃん」


ドクンと一跳ねする心臓を無視してその場を立ち去るため壁から体を起こす

その刹那…偶然に後ろを振り返った兵助と目があった


「え…?」

「っ」


その5人を見てると感じる“懐かしさ”
それと同時に湧き上がる“何か”
兵助は隣の子にどうしたの?と言われなんでもないと答えていたけれど、その後に半目の男からの視線を感じた

その視線を合わせようとせずに私は校舎へと向かう
その視線があまりにも怖くて
あの夢に出てくる…私が切り刻んだ人達の様な鋭い目が怖くて
私ではないのに
──人殺シ…と言われている様な錯覚にとらわれる


「三郎?」

「ん?なんでもないぞ!早く教室に行こう」


そんな会話を耳から遮断した


***


とりあえず、自分のクラスの教室につき、自分の席だと思われる席にカバンを置き手をみる
苦無を握る感覚、人を切る感覚、全身を真っ赤に染め上げるほどの血飛沫
そして、真っ赤に染まる己の…手
怖い怖い怖い!汚い汚い汚い!落とさなきゃ…この感覚すら私は知らない
“懐かしい”とは思うけど、それを喜んで受け入れるほど心は強くない
は静かに立ち上がり水道場に急ぐ
勢いよく水を流し、そこに手を突っ込む
落ちないとはわかっているけど、付いていないこともわかっているけど、洗わずには流さずにはいられない
水の冷たさに徐々に冷静さを取り戻す
ふぅーと深く息を吐く
もういいかなと水を止めようとすれば影が差す


「何をそんなに洗ってんだ?」

「誰…?」

「別に関係ないと思うけど」


そこにいたのは、名簿を確認したあとに見た兵助を含めた5人組の一人だ
やる気のなさそうな目を向け─でも、その目にはしっかりとした意思が見られた─何かを確認する視線を向ける


「…お前、さっき俺らのこと見てただろ」

「どうして?」

「俺らをみてすぐいなくなったから」


これでも、勘は鋭い方だからと答える奴に溜息を吐き、水道の蛇口を締める
生憎ブレザーのポケットにハンカチが入っておらず、パサパサと手を振り水気をなくす


「はは、みてたら悪いか?」

「悪くないさ、ただどう言う気持ちで俺らをみていたか気になってな」

「どんな気持ちでか…そうだなー、どんな奴が同じクラスかなって感じかな」


ふぅんと興味を失った様な反応を示す男のネクタイをふとみれば、黒と緑のストライプ
小学生からここにいる奴にはあまりわからないのかもしれないな


「…お前名前は?」


突然言われた言葉に少し驚きを覚えたが、そういえば自分もこいつの名前を知らないと気づく
何故か初めてではない気がしてならなかった


「名乗るならまず自分からじゃないのか?」

「こりゃあ、失敬。一年二組の鉢屋三郎だ。」

「……同じクラスのだ」


鉢屋三郎…その名前に引っかかりを覚えた
聞いたこともないのだが、何故か“懐かしい”とそう感じてしまう


、チャイムなるから行こうぜ」

「勝手に名前で呼ぶな鉢屋」

「ならお前も呼べばいいだろ」

「断る」


邪魔になった髪を耳にかけ、鉢屋を睨みつければ鉢屋は一瞬目を見開き耳をみる


「ピアス…」

「は?それがなに?」

「そんなについてんだ」

「っ」


鉢屋はここについてるピアスの理由なんて知らないはずなのに見透かした様な表情をする
そんな表情みたくなくて、ピアスを触りながら歩き出す
すれば鉢屋も何も言わずについて来る


「それ、最後に開けたの何時なんだ?」

「最後?あ、あぁ…半月前だよ」


おかげでまだ出来上がってないんだ
と、一番シンプルなピアスを指す
左の一番上にいるそれは、出来上がってないようには見えぬほど他のピアスと同化していた


「何時からつけてる?」

「一番最初に開けたのは小学校卒業する少し前、そっから徐々に増えていったよ」


ま、ピアスなんて何かある時じゃないと開けないって思ってるから
と笑う私に鉢屋は意味ありげな視線を向ける
──お前は…何をみているんだ?
なんて聞けなかった


「覚えてないのか…そういえば兵助がそんなこと言ってた気がしたけど」


小さく呟かれたその言葉はの耳にはいることなく廊下へと消えていった










後書き

兵助はまだ知らない。君がそこにいることを