天女に奪われた彼

「さて、天女の報告を聞こうか」
「「「「はい!」」」」


ここは学級委員会の溜まり場。お茶とお茶菓子を机に並べ、囲むよう座る学級委員の5人
書記はいない、紙と墨の無駄だ。天女の為に使うなど馬鹿げている


「『何よアイツ』とブツブツ呟いていました!!」
「俺のことだな。いつもの事だから気にしない。次!」
「今日も掃き掃除サボって、小松田さんを困らせていました」
「綾部先輩の落とし穴に落ちていました」
「潮江先輩に引き上げられていました!」
「潮江先輩に抱きついていたのを見ました」
「以上全て鉢屋三郎でした!!」
「あーはいはい。三郎ありがとうな。まぁその辺は見ていたけど、天女ブチ殺していいかなぁ?」


丁寧に委員会メンバーの顔と声真似までして報告した三郎の頭を撫でてやれば、嬉しそうに目を閉じ、その動作を受け入れる。おれもおれも!と抱きついてくる勘をそのままに、手元にあったお茶菓子を口に突っ込んでやる
手に付いた粉を舐め、庄左ヱ門と彦四郎を見て、おいでと手を広げれば嬉しそうな顔をして抱きついてきた
あー癒される


「そういえば、さっき団蔵が、潮江先輩が委員会に来ないとボヤいてました」
「佐吉もです」
「うーん。多分天女に堕ちなかった分の反動が来ているんじゃないかな」
「あぁ……六年じゃ潮江先輩だけでしたっけ」
「そうだよ。ギンギンに忍者していたからね」


人を殺すのも早かったよ。その言葉は自分の心の中に止めておいた。危ない危ない。
二人だけの大切な記憶。あれのおかげで俺は壊れなかったんだから


「……げっ」
「「「「どうしかしました?先輩」」」」
「息合わせて問わなくていいから。長月なのにこの状態じゃ帰省ができないなと思ってな」
「そういえば、長月になると数日潮江先輩といなくなりますよね。帰省されていたんですね?」
「あれ?言ってなかったっけ?まぁいいや個人的な用事だから保留。で、天女を助けて委員会に出ない文次郎の行方は?」
「天女と共に町へ」
「そう。でも現を抜かしているわけではなさそうなんだよな、あの感じ。なんだろうこの違和感」
「忘れていること自体が嘘ということは」
「それはないと、断じて言える」


私に対してそんな真似文次郎がする筈ないし、しても気付ける自信がある
この学園の中で一番文次郎のことを知っていると自負できる。それ程私達の付き合いは長いのだから
ただ、怖いのはこのまま文次郎が“”の事も“”の事も思い出さないこと


「うーん。を覚えているのが引っかかるんだよね……」
「先輩のご家族って事ですか?」
「そこまでは分からないけど、俺達の村には俺だけだから。もしかして蓮華姉さんの事は覚えているのか……?」
「え。先輩お姉さんいらっしゃったんですか?」
「いるよ。年の離れた姉が……早々に嫁いだから、あまり良い思い出はないけどね」
「委員会中ごめんね。君いるー?」
「へ、どうしたんですか小松田さん?」
「わ!そこにいたんだね。来客だけどどうする?相手は急いでないみたいだけど」
「どなたなのですか?」


来客……その言葉に一瞬どきりとする。俺の代わりに彦四郎が小松田さんに確認したが、小松田さんは首を振り困った顔で


「急いではないけど、がいるなら会わせて欲しい、の一点張りで。ただ何と無く君に似てたよ」
「……さ、今日の委員会は終わり!小松田さん行きますので先に戻ってください」


引き続き天女の事お願いしたよ。と抱きついたまま離れない庄左ヱ門と彦四郎を剥がしながら言えば、渋々頷く後輩達
全く……可愛い子達だ。は心の中に留めておいて、小松田さんの後を追って委員会室を後にした
三郎と勘が複雑そうな顔をしていたのを見なかった事にて……
あれはきっとバレたな


***


「お連れしましたよー」
「ごめんなさいね。早速で悪いけど。二人で話したいことがあるの」
「この姿ではって呼んでくれると嬉しいんですけど……町行きますか姉さん」
「町には行きたくないわ。貴女の部屋に案内しなさい」
「……構わないけど、とは呼ばないでくれよ」
「お安い御用だわ」
「そう……小松田さん入門表ください」
「はい」


さらさらと姉の名前を書いていく。あえて蓮華としてみた。さぁ、文次郎がどう反応するか
蓮華は隣から覗き込み、綺麗に書かれていくの字に顔を顰めた


「わたし、今じゃないわよ」
「わかってるよ。さ、行こうか」


蓮華の手を引いて歩いてく。アイツらが戻ってくる前に、アイツらに姉さんのことがバレない様に……はは。矛盾してるや
物珍しそうに蓮華をみる後輩達には、姉だよと軽い紹介をする
そうしている間に自分の部屋に着いた
ガラッと開ければ、特に荒らされた形跡はなく、朝の状態と同じだ
蓮華は見回す様に部屋を眺め、部屋に踏み入れる


「お茶なしでいい?」
「お構いなく。最近どうなの?」
「特に何も。相変わらずとして過ごしているよ。で、本題は?」
「……あら。気付いていたのね。町で可愛くない小娘と歩いている文次郎を見付けたわ。どういう事?」
「……さぁ?忍務じゃない?」
。わたしに嘘が通じると思っているの?」
「嘘?何の事かな。俺は何にも知らないよ」
「本当に?」
「……流石に文次郎の私生活を全部把握してる訳じゃないから。それより姉さん見かけただけ?」
「……話しかけてないわよ。アンタが言わないならいいけど、心配してるんだから」


心配……その一言はの奥に秘めた何かに引っかかった
それと同時にぶわりと広がる何か。怒りなのか、悲しみなのか──。それは一瞬での部屋を包む


「心配?……何を今更。あの時助けてくれなかったくせに!逃げたくせに!」
……」
「その名で呼ぶなって言っているだろ!なんなんだよ、全部今更じゃないかっ」


あの時……すべてが崩れたあの日
あなたが手を差し伸べてくれたら、少しは変わっていた筈で、崩壊は防げたかもしれないのに……あなたは目を逸らした
あの日、ボロボロに泣いた私の隣にいてくれたのは文次郎だった


「あの日のことは悔やんでるわよ。でもわたしにも逆らう術はなかったの」
「……姉さん、おかえりください。あなたはこれに関わる必要はない」
ー入るぞ。客人に茶も出さないってお前どんな神経してるんだ」


障子を開けたのは、湯呑みを3つ盆に乗せた留三郎だった。3つあるあたり、居座る気らしい
留三郎は客人用のを姉に、見慣れない湯呑みをの前に置いた


「あら。留三郎くん。お元気?」
「えぇ。勿論……そういやぁ湯呑みなかったぞ。どうしたんだ?」
「……あぁ、言ってなかったっけ?一昨日割れちまってな」
「一昨日か」
「あぁ一昨日だ。姉さんその茶飲み終わったら帰ってくれるとありがたいんだが」
「おい(どうしたんだ)」
「長居しないって約束で上げたんだから(会わせたくないんだよ。今の文次郎に)」
「いいのよ。留三郎くん。今のには、わたしがいない方がいいみたいだから」
「だから俺はだって言っているだろ!姉さんいい加減にして」


……今の俺はだ。忍たまとして通っている俺はなんだ。という名はこの姿ではいらない。それに文次郎が呼んでくれないのなら、俺はでいる意味がない


「……あんた本当に文次郎と何もないの?」
「「……」」


流石は姉だと思った。気付かれない様に自然に視線を湯呑みに落とす
留三郎も少し居辛そうに視線を外していた。こればっかりは、留三郎の口から話していい内容ではないと思っているのだろう
蓮華は眉を寄せた


「なんでもないよ。姉さんそろそろ帰らないと日が沈む」
「……そうね」
「義兄さん達に内緒で出てきてるんだろ」


のその一言に僅かながらに蓮華の目が見開く。それから蓮華は温くなったお茶を一気に飲み干し、席を立った
見送りますよ。と同じ様に席を立つと留三郎
の隣はいつも文次郎だった筈。しかし今の隣にいるのは留三郎。その違う光景に誰もが困惑していた。勿論、当人であると留三郎でさえ……


「俺はどう足掻いても紛い物か……」
?」
「なんでもねぇよ……独り言だ」
「ならいいが溜め込むなよ」
「あぁ……」


後に上級生は語る。この時のの雰囲気は、下級生の頃によく似ていた……と。
誰にも“女”であると気付かせなかったあの頃に……