天女に奪われた彼

月が欠ける……もう時間がない。なのに文次郎の記憶は戻らないまま
焦る焦る
落ち着けと自己暗示をしても落ち着かぬ、この心

学園長が提示した期限まであと1日──


先輩!」
「ん?左門かどうした迷子か?」
「先輩が悲しそうな顔をしていたので思わず」
「はは。そんな顔をしていたか……ありがとう左門」


縁側で鍛錬帰りの文次郎を待っていれば、迷子縄を付けていない左門が勢いよく俺に近づく
理由を聞けば俺の所為らしい
あぁ……下級生に気付かれる程、今の俺の顔は酷いのか。これじゃ示しがつかないな
考えに耽っていれば、俺の隣に座った左門
ギュッと抱きしめるように腰に手を回し、流れに任せて頭を俺の体に埋めた
──珍しい
一瞬そう思ったが、三年の中では結構引っ付いていた気がすると自己完結し、左門の頭を撫でる。うん。恥ずかしがって来ないのは三之助と作兵衛だったわ


「潮江先輩は……」
「うん?」
「潮江先輩はずっとあのままなのでしょうか……?」


左門の頭を撫でていた手が止まる
その動作に合わせ顔を上げた左門の表情は泣きそうで、思わず頭の後ろに手をやって押した
ムグッと息が詰まる声がして、左門の顔が再び俺の体に埋まった


「諦めたらいけない。まだ時間はあるんだから」
「でも!」
「左門……わかっている。これ以上言うな」
「そうだぞー神崎!細かい事は気にするな!」
「小平太」
「ん?文次郎なら留三郎とけ……鍛錬中ぞ」
「それを聞く為に呼んだ訳じゃないんだが……あと、今喧嘩って言わなかったか?」
「細かい事は気にするな!」


最近、前以上に留三郎と文次郎がぶつかる事が多い。理由は解らない訳じゃない。全ては文次郎の為であり俺の為だ
可笑しそうにスクスク笑う左門の顔からは、もう悲しみは消えていた


「左門!!」
「作!」
先輩!左門の馬鹿がすみませんでしたっ!!」
「気にするな。文次郎があんな状態じゃ、しょうがないだろ。ほら左門、帰って寝ろ」
「はーい」


ぴょんっと飛び降りて頭を下げる左門と作兵衛に手を振って見送る
道を間違えぬように、一緒にゆっくり歩く二人を微笑ましく見守るが、果たして自分の顔は笑えていたのだろうか
2人の姿が見えなくなった頃、後ろに立っていた小平太がグリグリと頭を撫でた


「えらいぞ!
「俺は笑えていたか……?」
「少しぎこちなかったがな!まぁアイツらは気付かんだろう」
「そうか、なら良かった……なぁ小平太」
「なんだ?」
「……いや何でもない」


文次郎の記憶戻るかなぁ。なんて聞く事じゃない。弱気になってどうするだか
それでも小平太は気付いたのか、グリグリと頭を撫でていた手を止め、上からの顔を覗き込んだ
逆さに小平太の顔が映る……その顔は珍しく眉が寄って、眉間にシワができていた


「下級生の前ではそれ禁句だぞ」
「わかっているよ。だから飲み込んだだろ」
「お前が諦めたら全員が諦めるからな」
「わかってるって」


わかっていても聞いてしまいたくなるのが人というものだよ
その言葉すら飲み込んで。俺は忍術学園六年生。忍として一番近い位置にいる俺達は、下級生の手本にならなければならない。不安も辛さも飲み込んで、下級生が不安にならないように
いつまでも子供ではいられないと言われているようだった
卒業してしまった先輩もこんな気持ちだったのかと、今更ながらに思う。辛い気持ちを押し込めて、下級生が安心して勉学に励めるように……
あぁ。情けない。不安を煽らせる自分の行動が


「小平太……背中を貸してくれ」
「ん?胸じゃなくっていいのか」
「背中を預けられるのはお前だけだよ」


首をかしげるが小平太に言葉を続ければ、納得したのか嬉しい顔をして背中合わせになる

仙蔵でも長次でも伊作でも留三郎でもない、俺が平気で背中を合わせられるのは小平太。他の皆と背合わせになると何故かぎこちない
膝を抱えて小平太の背中に体重をかける
俺よりも遥かに大きい背中。男女の違いを見せつけられているようであまり好きではない……けど、安心できる


「男の子って羨ましいなぁ」
「ん?」
「男の子ってさ、どんどん大きくなって女性を子供をみんなみんな守れるのに。女の子は守りたいと思っても、なかなか力がついていかないから、さ」


私も男に生まれていたら、みんな死なずに済んだのかな
いくら、声を姿を格好を男に近付けたって、所詮は女の悪足掻き。力は男には敵わない。守りたいと思ったものは、掬いきれずに朽ちた。何度願った事だろう……

私が男であれば
(父は俺を跡継ぎにした)
私が男であれば
(弟は父に無理強いをされなかった)
私が男であれば
(弟の死後、父は狂わなかった)
私が男であれば
(父は死ななかった)
俺が女でなければ……


「もしも話はもしも話だ!今を生きればそれでいいじゃないか!!」
「そうなんだが、それでも思うのが人だよ」
「?よくわからん!」


首を傾げる小平太に笑っていれば、廊下を歩く微かな気配。感じ慣れたその気配は文次郎のもので、小平太の背から離れ、伸びをする。小平太に視線を向ければ意図がわかったようで、スタッとここから退散した。と言っても屋根に登って気配を消しただけだが
さぁ、自虐の時間はおしまいだ。最後の悪足掻きといきましょう


「文次郎」
「またお前か。俺はお前など知らん」
「とか言って違和感を感じてる癖に」


土汚れが付いた袋槍の先をパンパンと払いながらやってきた文次郎の顔は、いつにも増して隈が酷かった
仙蔵の話ではここ最近あまり寝てないらしいがこれは本当かな。組ではあまり顔を合わせないから……


「なぁ、文次郎。君の初めて殺した人は誰だい?」
「……なんだいきなり」
「忍になる為に学園に入ったんだ。覚えているだろう?己の罪を忘れない為に」
「俺は、……?」
家の当主を殺したのは誰?」
「う、るさ……い」


苦しそうに頭を抱える文次郎。もう一息と思って言葉を継ごうと思ったが、その姿はあまりにも苦しそうで、思わず手を伸ばした──

パチンッ


「俺に触るな。俺は雪姫の幼馴染みだ。雪姫を泣かす奴は許さん」
「幼馴染み……?誰と誰が」
「俺と雪姫が、だ」


叩かれた手をそのままに、眼を丸くし驚きの表情を見せる。聞き間違えかと思って繰り返せば、返ってくる答えは同じ
乾いた笑いが漏れる。叩かれた手を顔の前に持ってきて目元を隠して考えれば、笑いが止まらない
──アイツが文次郎の幼馴染みだと……?

何かがガシャンッと崩れる音がした


「アハハハッ!あの子とお前が幼馴染み?矛盾もいい加減にしろよ!?」
「何が言いたい」
「アイツは天女様なんだろ?天から衣を無くして落ちてきた天女様なんだろ!?天女様が幼馴染みなんて、矛盾してるだろうが!」
「雪姫は天女なんかじゃねぇ」
「あぁそうかい!今まで天女様と呼ばれて振り返っていたアイツが幼馴染み。随分と残念な頭を持った子が幼馴染みだねぇ?文次郎」
「貴様!」


怒りを露わにした文次郎に瞬時に詰め寄られ、胸倉を掴まれる
屋根にいた小平太が止めに入ろうと動いたのを感じたが、一瞬視線を小平太に向け、止めさせる
ゆっくりと瞬きをしてから文次郎を見れば、その顔は苦しそうに歪んでいた
胸倉を掴まれている筈なのに不思議と怖くない。まるであの日みたいに……


「お前は俺のなんなんだ!俺はお前を知らない。だが後輩達が俺の前でお前の名を呼ぶ度、気まずそうな顔をして視線を逸らす。お前は一体誰なんだ!?」
「なんだ。そんな事……俺は、否私はで、お前の幼馴染みで、婚約者で、の代わりで、お前と同じ組のだ」
「そんなことを聞いてるんじゃない!!」
「いや、同じ事だよ」


ドンッと鈍い音が響く。が文次郎の腹に拳を知れた音だ。思わぬ衝撃に文次郎はの胸倉を掴んでいた手を離した
睨み付ける文次郎に一瞬眉を寄せたが、ステップを踏んで後ろに下がる


「何度聞かれても俺は同じ事を答えるよ。本当の事だから」


大好きだよ文次郎──。小さく口だけ動かしたその言葉は、文次郎には届かなかった
くるっと翻し、灯の付いている部屋へと入っていった


***


「あれ、?ここは君の部屋じゃないよ」
「……知っているよ。なぁ全部聞こえていたんだろ?」
「うん。元々の声は良く通るし、珍しく荒げていたからね」


それがどうしたんだい?と分かっている筈なのに、首を傾げて聞いてくる
このまま無視を決め込んでもいいが、追い出されるのが関の山。だってここは俺の部屋じゃないんだから


「……知っているくせに」
「ん?悪いけど僕は留三郎みたく甘やかさないからね」
「はは。確かに甘やかされた記憶はないや」


布団は引いてあるが衝立が付いていないこの部屋は、ほんのりと薬の匂いがする。日夜伊作がここで薬を作っているのだろう
崩れるように座れば、少し驚いた顔をした伊作が目に入る。少し心配かけたかな……


「なぁ伊作。本当に文次郎の記憶は戻るのかな?」
「戻すんでしょ。何を今更」
「なんでかねぇ。自信がなくなっちゃった」


文次郎とアイツが幼馴染みと聞いた時、壊れてしまったんだ。自分で作っていた壁が
脆くボロボロと修復の効かない状態まで──
思わず拳に力が入る。その拳はプルプルと震えていて無意識に感情を押し殺していた
そんなに険しい顔を見せる伊作だったが、優しくの手に己の手を重ねた
落ち着かせるように。安心させるように


が諦めたら駄目だよ」
「姉さんもも私も全部、ぜーんぶ忘れている。覚えているのはの事だけ。矛盾だらけの記憶なのに変に繋がっていて、綻びすら見つからない。どうしたらいいの?ねぇ伊作どうしたら文次郎の記憶は戻るの?」
「戻るか戻らないかなんて僕には分からない。でも、諦めたらそれまでじゃない?」
「分かっている。分かっているんだ。諦めたら何にもならないって。でも、私の全てを否定されたような気がするんだ」


なぁ、伊作。私はいらない存在なのかな
ほんの少し湿り気の含んだ声で問えば、まさかと伊作が笑い、拳にそっと触れていた手を離し、の頭を撫でる。それは酷く心地良かった


「いらないなら、こんなこと皆してないよ。……さ、手を見せて治療するよ」
「うん……ありがとう伊作」


なんら解決してないが、だいぶ落ち着いてきた。明日の最終日、無理だと思っても足掻けばいいかと自己完結。伊作に治療してもらうため、握っていた拳を広げれば、じんわりと血が掌を赤く染めていた


「明日で決着か……」


その言葉は声にならず空に消えてった


***


「三郎」
「なんですか?」
「学園長のところに行ってくるから委員会は無しだ。みんなに伝えてくれ」
「……わかりました」


朝から学園が騒がしかった。いつも通りと言われればそれまでだが、騒がしい理由がいつもと違っているのは明白。今日が“学園長のいつもの思いつき”の期限だから
下級生はいつにも増して落ち着きがなかったし、上級生は事あるごとに文次郎にちょっかいをかけていた
先生達もわかっているのか、それについては見かけても咎めはせず、静かに傍観を貫いていた
俺も仕掛けていたのだが、うまく引っかかってくれず、未だ記憶は戻らず仕舞い


「学園長、六年い組学級委員長委員会委員長です」
「おぉか入れ」
「失礼いたします」
「どうじゃ一局」
「……では」


学園長の庵に訪れれば、将棋盤の前に座る学園長の姿が。座布団が将棋盤の前に置かれており、そこに座るよう促される
一礼をし、将棋の駒を手に取った


「して、様子はどうじゃ」
「……全てご存知でしょう。優秀な部下をお持ちなのですから」
「はて。わしはからは何も聞いておらんぞ」
「本人から聞かないと信じない……とでもおっしゃると」
「当事者から聞いた方が良いじゃろ」


中盤に差し掛かった頃、唐突に発した学園長の言葉に思わず手が止まる。それも一瞬で、直ぐに切り替え駒を進めたが、学園長には気づかれているだろう。なんだかんだ言って天才忍者なのだから


「……報告します。まず、天女についてですが各委員会の報告書通り、学園には不要だと判断いたします。しかしながら、提示された条件がまだ満たせておりません」
「文次郎の記憶……じゃな」
「はい」
「見込みは」
「……ある。と言いたいところですが、昨日の状況を踏まえると簡単には肯定できません」


そうか……と駒を進める学園長。盤を見ればいつの間にか追い詰められていた。まるで今の俺を見ているみたいで思わず頭を抱えた
次の一手もその次の一手も、考えれば考える程、道は明確になって逃げ道なんて無くなってしまう
最後の切り札は既にズタズタで使えるのかすらわからない
恐る恐る駒を動かせば、待っていたとばかりに一手が進む


「王手じゃ
「……負けました」
「……なにを悩んでおる。最後まで足掻けばよかろう」
「はは。同じ言葉を伊作に言われました。駄目ですね、俺は文次郎がいないと上手く動けないみたいだ」


代替の利かぬたった一人の幼馴染み。知らず知らずの内に、依存の如く頼っていた存在。母が死に、弟が死に、姉が嫁ぎ、父が死んだ私に手を差し伸べてくれたのも、独りにならぬ様手を引いてくれたのも、全部文次郎だった
知っていて知らぬ振りをしたのは自分だ
学園が必死で文次郎の記憶を取り戻そうとしているのに、自分は何をしていたのか


「学園長。俺は死ぬのは怖くないです。でも、あの女の策にハマるのはいけ好かないです」
「そうか」
「日没まで足掻いてみせます」


失礼します。と一礼をして、学園長の庵を去る
日没まで後一刻半と迫った。先ずはどちらかを探さなければと気配を探れば、お粗末な気配をぶら下げてこちらに向かってくる一人の女。丁度良いと自分も平然としながら天女の方へと歩みを進めた


「げ。何でアンタがいるのよ」
「たまたま通りかかっただけですよ天女様。それより文次郎を捜しているのですが、どちらにいるかご存知で?」
「知らないわよ!知っていたとしてもアンタなんかに教えてあげるもんですか!」
「それはそれは……」


気配を探れないなら、誘き出してしまえばいい。天女様の意思通りに悪役に回ってやるよ
懐から苦無を取り出し、地面を蹴って天女に近付く。そのまま押し倒して苦無を喉元に突きつければ、一瞬目を見開き、悲鳴を挙げる天女様。さぁ、出てくるかと気配を探せば、一人焦ったようにこちらに向かう気配が


「なぁ文次郎に何をした?俺の文次郎返せよっ!」
「っ助けて文次郎くん!!」


ギリギリと鳩尾を圧迫する様に押していれば、ジタバタと暴れ出す天女様。ギリッと睨み付けても黙ってくれなかったが、目の前に見えた文次郎の姿に、思わず思惑通りと口元が緩む。
バク転で天女から離れれば、打たれた手裏剣が頬の横を通過する。打たれた方に目を向ければ、袋槍を構えた文次郎が俺を睨みつけていた。周りには悲鳴を聞いて駆け付けた六年が。皆それぞれ自分の得物を文次郎否、天女に向けていた


「貴様!して良い事と悪い事があるのがわからんか!」
「学園として天女は不要とされた。始末するのは当然だろう?」
「だから雪姫は天女ではない!」
「文次郎くん……雪姫怖い」


のろのろと起き上がった天女様はここぞとばかりに文次郎の後ろに隠れ、抱き付いていた
怒るように殺気を放つ文次郎に、負け時と殺気を放つ。文次郎越しに当てられた殺気に天女様は身震いをして、涙を溢れさす
それを見た文次郎は静かに雪姫の頭を撫でた


「雪姫下がっていろ」
「う、うん……」
「しょうがない、僕が預かるよ」
「伊作くん……」
「伊作か悪いが雪姫を頼む」
「言っておくけど、二人の争いに手出ししないか見ているだけだからね」


と同意見だからね。と天女の後ろに回りゆっくりと文次郎と引き離す伊作に、天女は少しびっくりとした様子で、大人しく引き摺られる。と文次郎から少し離れた木陰に二人で腰を下ろした
周りにいる六年も己の得物を仕舞い、邪魔にならぬよう後ろに下がる
袋槍を構えた文次郎に対し、鉄扇を構えた
その手には特注の猫手が付けられている


「お。久々にの本気か」
「文次郎相手に遊んでなどいられんだろ」
「わたしも戦いたい!!」
「静かに見ていろ小平太……」
「そこ、うるさい気が散る」


ぶわりっと更に広がる殺気。文次郎も負けずに殺気を向けてくる
動く気配の無い二人だが、お互いに目は逸らさずに睨み続けている
先に動いたのは、。ザッと地面を蹴って一瞬で文次郎の前に飛び、猫手を振り下ろすが、袋槍の柄で受け止め押し返す

文次郎の袋槍との猫手。中距離と近距離の武器は間合いが合わない。ましてやの力は文次郎には到底及ばない。その分、が勝るのは素早さ
再び地面を蹴って、後ろに回り背中を蹴り倒そうと足を振り上げたが、後ろを振り向かず、感覚だけでの足を握り締めた文次郎は、そのままを振り投げた


「っっ!!」
!」
「けほっ……だい、じょうぶ」


予想して無い動きに処理が追いつかず、受け身を取り損なったは背中を強打するが、堪えるように立ち上がり、手に持っていた鉄扇を懐に仕舞う。痛みで荒い息を整えながら文次郎を見れば、不思議そうに掌を動かしていた
防がれると思っていたけど、あんな反応されるなんて思わなかった。心は覚えてなくても体は覚えているってことなのか……?
今の動きはの得意技で、組手をすれば必ず何処に組み込まれるもの。今まで避けられた者は多いものの、ああ反応した者はいない。文次郎の偶然にしては出来すぎている動きに周囲も当人も困惑する


──思い出して
その願いを伝えど叶うことはない


ふと空を見上げれば、日はだいぶ沈み薄暗い夜が訪れようとしている。残された時間はあと僅か


──手を伸ばせば届く筈なのに
怖くてその手を伸ばせない


太陽が沈むのを阻止するように手を伸ばすが、掴む事なんて夢のまた夢で、その手は空を切る


──名を呼べば顔を顰める貴方に
涙がこぼれそうになる


小さく小さく溢れるように呟けば、困惑していた文次郎が僅かながらに反応する。その表情は苦しそう


──あぁ。忍になると決めた筈なのに
今やその思いさえ揺らぐ揺らぐ


一雫溢れたそれをそのままに、猫手を構えて一呼吸。地面を蹴って再び間合いを詰めて猫手を振り上げる


──神など信じぬと誓った己の罰なのか……


金属と金属がぶつかり合う。刃を柄から外した文次郎はそれを苦無のように持ち、攻防を繰り返す。も負けじと攻撃を仕掛ける
文次郎に蹴りを入れ、間合いを解けば、先程と位置が変わり正面には天女様
その表情は苦しそうな、でも何処か嬉しそうに口が緩んでいる


「日が沈む……」


誰の声だったか……呟かれた一言に空を見上げれば、いつの間にか日は半分以上地に埋まり、東の空が薄闇に。もう数分もしないうちに闇に支配されるだろう
焦る焦る。時間的にこれがラストかな
顔を歪める俺に、顔を緩める天女様。双方の表情をみて何処かバツの悪そうな顔をする皆。お願いだ。そんな顔をしないでおくれ


「なぁ文次郎」
「なんだ」
「死ぬのは私だけでいいからな」
「は?」


さぁ、最後の一撃といたしましょうか
覚悟を決めて。もうなにも怖くない
これであの村もの呪縛から解けるんだ。なんだ、いい事ずくめじゃないか
文次郎と向き合い、ふわりと笑みをこぼす
ではなくとして
驚いた顔をする文次郎を無視して間合いを詰めて、懐から出した苦無を文次郎の胸に


「そこまでじゃ!!」